任意整理で借金を放置する塩漬け(時効待ち)の交渉とは
任意整理における交渉方法の1つとして、塩漬け(時効待ち)と呼ばれる方法があります。これは貸金業者が、利息カットや分割払いの和解提案に応じてくれない場合に、応じるまで借金を放置する、という手法です。弁護士の間でも賛否の分かれる手法ですが、平成25年4月に最高裁判決で否定的な意見が出されて以降は、あまり推奨される方法ではなくなっています。
もし任意整理の交渉で、相手の業者が「利息の免除」に応じてくれない場合、借金を返済せずにそのまま放置する方法もある、って弁護士さんに聞いたんだけど。 そんな方法あるの?
弁護士が受任通知(※)を送って相手の請求をストップさせた後、こちらの条件を呑んでくれなければ、交渉を成立させずにそのまま放置して、時効の完成を待つという方法だ。
そんな強引な交渉方法があるんだ…。たしかに任意整理には法的な強制力がないから、なんで利息カットができるのか不思議だったの。
でも、放置して本当に大丈夫なのかな?
塩漬けは交渉方法としては有効だけど、実はリスクもある。借金を放置している間、ずっと遅延損害金が膨らんでしまうからね。だから、もし裁判を提起されたら、返済額が増えてしまう可能性もある。
もし和解が成立しなかったら5年間、支払いをせずに逃げ切らないとダメで、もし途中で裁判をおこされたら、負けて遅延損害金を取られるってことか。一か八かの賭けみたいなもんだね。
だから平成25年の最高裁判決では、「弁護士が、時効待ち(塩漬け)の手法を選択する場合は、そのリスクをよく依頼者に説明しないと善管注意義務違反(※)になる」という判決が出たんだ。
たしかに任意整理の交渉方法って、弁護士さんに丸投げでお任せするイメージがあるけど、もし訴えられるリスクのある交渉方法を選ぶなら、事前に方針を説明して欲しいかも。
任意整理の手続きには、法的な強制力がありません。そのため、もし相手の業者が「利息カットや分割払いに応じない」と強硬に主張してきた場合に、どのように交渉するか、は弁護士の腕の見せどころです。現在では、塩漬け(時効待ち)の方法が使いにくくなっているため、一部の強硬な業者との交渉は、以前より難しくなってきています。条件にもよりますので、まずは詳しい弁護士に相談してください。
参考 → 全国対応の弁護士に任意整理を相談する
- 和解できなければ借金を放置する交渉方法を「塩漬け」「時効待ち」という
- 時効待ちは一部の場合を除き、債権者への誠実義務に反する可能性がある
- 時効の完成が近い場合は、その債権者は任意整理の対象から外した方がいい
あなたの借金がいくら減るのか? 無料診断してみよう
「時効待ち」の交渉方法がなぜ問題視されたのか?
任意整理の手続きでは、原則として将来利息 ※ や、経過利息 ※ をカットする方向で和解交渉をします。この方針は、弁護士会や司法書士会の処理基準として定められているものなので、全ての弁護士や司法書士はこの方針に従って交渉をします。(参考記事)
しかし将来利息・経過利息のカットには、法的な強制力がありません。
そのため、弁護士会の処理基準として「利息をカットする条件で和解交渉すること」と定められていても、相手の貸金業者に「応じない」と言われてしまえば、そこで話は終わってしまいます。
そこで苦肉の策として、かつて弁護士さんたちの間で実務上、よく用いられていたのが「塩漬け」(時効待ち)と呼ばれる方法でした。
任意整理では、まず弁護士が各債権者に受任通知 ※ を送ります。
「この度、依頼者から依頼を受けて債務整理をすることになりました。今後、依頼者に対する直接の請求はストップしてください」という通知を送るわけです。
そして任意整理の具体的な交渉に入るわけですが、このときに「将来利息・経過利息カット」「40回の分割払い」などの条件を提示します。
もし相手の業者がこの条件に応じてくれない(または分割払いの交渉に応じてくれない)場合には、「では和解できません」とだけ伝えて、そのまま債務を放置します。すると相手の業者は、「いつまで経っても和解ができない」「債務者に対する請求を再開することもできない」という宙ぶらりんな状態に置かれます。
※ 受任通知を受け取った後は、貸金業者は、債務者に対して直接請求をすることができません。これは貸金業法という法律でそう定められているからです。(貸金業法21条1項)
弁護士側としては、いずれ貸金業者が降参して「利息カットの条件で和解する」と申し出てくることを期待しているわけですが、もし和解が成立しなくてもそのまま5年間放置して、時効消滅させようという狙いもあります。
ここまでは、良い作戦のようにも聞こえます。実際、かつては一部の債務整理の実務書(マニュアル本)でも、有効な交渉方法の1つとして「時効待ち」が紹介されていたくらいです。
しかし時効待ちには大きな弱点が1つあります。
それは貸金業者が裁判をしてくるかもしれない、という点です。任意整理の交渉中は、直接、依頼者に対して請求をしてはいけないという法律がありますが、裁判をしてはならないという法律はありません。
そして、もし裁判を提起されたら確実に負けます。
そのときは、弁護士に任意整理を依頼した後の期間分も含め、支払いをストップさせていた期間中の遅延損害金をがっつり付けられてしまいます。
減額で和解どころか、判決によって支払額が増えてしまう可能性すらあるのです。
もちろん弁護士さんもこのことは承知していますので、通常は、「このくらいの債務額ならわざわざ裁判はしてこないだろう」「経験上、この業者は最終的には利息カットでの和解に応じるはずだ」など、リスク判断をしたうえで、塩漬けの方法を選択しているケースが多いです。
しかし放置することに法律上の正当性がない以上、裁判をおこされる可能性はゼロではありません。
万が一、弁護士さんの予測に反して裁判をおこされてしまい、さらにその後の和解にも失敗して、最終的に不利な判決が出てしまった場合に、そのリスクや不利益について、依頼者にあらかじめ説明していたかどうか、が問題になります。
「時効待ち」が否定された平成25年4月の最高裁判決
平成25年4月16日に、最高裁判所は「時効待ち」(塩漬け)に関して否定的な判決と補足意見を示しました(判例リンク)。その内容は、ざっくりまとめると以下のようなものです。
- 「時効待ち」は、長期間に渡って債権者・債務者を不安定な状態に置くもので、債務整理は早期解決を目指すべきだから、原則として適切な手法とはいえない
- 「時効待ち」の手法を採るのは、債権者が強硬で示談成立が困難な場合で、かつ訴訟も差押えも予測されないような一部の特別なケースに限るべきである
- 債権者に対する誠実義務の点からも、一部の債権者と示談を進めながら、一部の債権者と交渉をせずに「時効待ち」にすることは、許容されない
- もし弁護士が「時効待ち」をするのであれば、訴訟された場合の最大の損失額、時効成立にかかる期間、不利益やリスクを具体的に説明しなければならない
- 弁護士には、委任された仕事内容についての裁量権があるが、「時効待ち」などの重大な影響のある方針を決定する際には、事前に依頼者の承諾が必要
一応、述べておくと、この最高裁判決は「塩漬け」という手法そのものを否定した判決ではありません。
判決の内容は、「塩漬けという方法を選択するにあたって、そのリスクや不利益をあらかじめ依頼者に説明していなかったことが、弁護士と依頼者の委任契約における善管注意義務違反にあたる」というもので、あくまで依頼者への説明義務の違反を問題にしたものです。
しかし判決文に付された補足意見で、裁判官が「そもそも時効待ちという方法自体、債務整理の手段として適切かどうか疑問である」という意見を付けたため、一般的にも、塩漬けはやってはいけない手法だという認識が普及しています。
以下、原文とその解説を読みたい方はクリックしてください。
続きが閲覧できます。
この最高裁判決が出て以降、「消滅時効の完成が間近の借金(債権者)については敢えて受任しない」という弁護士の方も増えてきています。
つまり、他の債権者は任意整理の対象に含めつつも、消滅時効が近い債権者だけは任意整理の対象から外し、弁護士に依頼せずに時効が完成するのを待つ、という意味です。
もし最高裁判決のように「債権者に対する誠実義務」を忠実に守るとすれば、依頼を受けた以上は、時効の完成間近であっても受任通知を送付して、和解交渉を進めなければならなくなります。
そうすると、せっかくあと少し放置しておけば時効が完成していたはずの借金まで、時効が成立しなくなってしまう可能性があります。
弁護士さんが介入して和解交渉をすること自体、債務の承認 ※ とみなされれば、時効が中断されてしまいます。
また当然、時効の成立前ですから、相手業者は元本全額の支払いを求めてくるでしょう。もし和解交渉が成立しなければ、支払督促 ※ などの手段で、時効の成立を阻止しようとしてくるかもしれません。結果として、何もしなければ得られていた時効がダメになってしまう可能性があるのです。
(このような状況を、よく「寝た子を起こす」などと表現します。)
そのため、時効待ち(塩漬け)の手法が使いにくくなったことで、その遠回しの影響として、「消滅時効の成立が近い債権者については、敢えて弁護士に委任しない方がいいケース」というのも増えてきました。この辺りは、よく弁護士さんと方針を相談する必要があるでしょう。
閉じる
銀行カードやクレカの借金を減額できる法務事務所はこちら