相続した共有不動産の任意売却や共有物分割訴訟
親族が亡くなって住宅を相続する際に、とりあえず法定相続分に応じて共有名義で相続登記しておく場合があります。例えば、相続人同士が遺産分割協議で揉めるのが嫌で、「民法の法定相続分に従って分割しておくのが無難だ」と考えたような場合です。 ところが後になって相続人のうち1人が借金や生活のお金に困り、「共有名義の不動産を売却したい」と言いだすことがあります。このような場合、共有名義の住宅の任意売却は可能でしょうか?
それってつまり、相続のときに曖昧にして共有名義にしていた不動産を、あらためて相続人同士で分割するってことだよねー? その分割手続きをしてからじゃないと、任意売却はできないのー?
例えば3人で相続するとしたら、単純に面積とかで3つに分割して、それぞれが1個ずつ単独登記する、みたいな感じで物理的に分割すればいいだけじゃないのかなー?
つまり相続人の1人が借金の返済に困っていたら、まず住宅をまるごと任意売却して、売却代金のなかから自分の持分に応じた現金(1/3)を受け取って、それで債権者に借金を返済する、と。
でもこれって、他の相続人がみんな同意してくれることが前提だよね・・・? もし物理的な分割も難しくて、他の共有名義人が任意売却や買取にも応じてくれなかったら、どうなるの?
- 相続で遺産分割協議をせず法定相続にした場合、不動産は共有名義になる
- 相続人の1人が住宅の任意売却をしたい場合、共有物分割の手続きが必要
- 共有物分割の方法は、現物分割、代金分割、価格賠償、の3つがある
- 更地など物理的に分割できる不動産以外の場合、代金分割(任意売却)が多い
- 他の相続人が同意してくれない場合、裁判所に共有物分割訴訟をおこせる
不動産を共有名義で相続すると後で面倒なことになる?
親族が亡くなって兄弟などが相続をする場合、一般的にはまず遺産分割協議をおこないます。
例えば、「私はこの家を貰うから、お兄さんは預金口座の現金を持っていってくださいな」というように、話し合いでどのように遺産を配分するかを決めます。
ただし、相続できるものが不動産しかないケース、遺産の配分をめぐって喧嘩したくないと考えるケースでは、不動産をキチンと分割せずに共有名義のまま登記しておく場合が結構あります。
民法では、配偶者は1/2、残り子供2人の場合は1/4ずつ、というように法定相続分が定められています。この法定相続の持分にしたがって住宅を共有名義にしておけば、相続をめぐっての争いやトラブルもおきないので、あまり深く考えず、とりあえず共有名義にしておくケースも珍しくないのです。
ところが、共有名義のままにしておくと、共有名義人(相続人)の1人がお金に困って「住宅を売却したい」と思ったときに非常に面倒になります。
自分の共有持分だけを売却することは理論上は可能ですが、実際には、一般的な不動産売買で共有名義の住宅を購入する人はいません。 競売で「いわくつき物件」として激安で落札されることはありますが、普通は見ず知らずの他人と共有名義になる住宅を買う人はいないのです。
とはいえ、もちろん他人の名義の住宅を勝手に売却することはできません。つまり共有名義で登記している場合には、結局、一度、共有関係を解消しなければ住宅を売ることはできないのです。
以下、具体的なケースとして、共有名義の相続人のうち1人が、自身の共有持分を担保にお金を借りていて、その返済に行き詰っている場合を考えてみます。
ここではわかりやすいように、相続人は兄弟3人で、それぞれの法定相続分は1/3ずつだと仮定しましょう。また借金の返済に困っている相続人を長男とし、その共有持分には金融機関の抵当権が設定されているとします。
もしこのまま借金の返済が滞ってしまった場合、債権者は長男の共有持分(1/3)だけを競売にかけることができます。
とはいえ、共有持分だけを競売にかけても、回収できる金額はさほど多くありません。
共有持分の売買では、裁判所が「共有減価」として不動産の鑑定額を通常よりも2~3割低く見積もって、最低入札額(買受可能価額)を設定するため、回収できる額はかなり少なくなります。
当然その分、長男の借金も多く残ってしまいます。そこで長男は、債権者と相談した上で一定の期限を決めて、他の兄弟との共有名義を解消した上で、住宅を任意売却にできないかを模索することにしました。
共有名義を解消するための共有物分割の3つの方法
このように共有名義の不動産で、共有関係を解消するための手続きのことを共有物分割といいます。
共有物分割には、共有名義人がみんなで協議して決める場合と、誰かが裁判所に共有物分割訴訟を提起して、裁判所に分割方法を決めて貰う場合があります。
とはいえ、いきなり裁判所に共有物分割請求をすることはできません。まずは当事者間で話し合いを試みて、それでも話がまとまらなかった場合のみ、裁判所に分割を依頼することができます。
また、任意で協議する場合であれ、裁判所に訴訟を提起する場合であれ、共有物分割の方法は3つしかありません。「現物分割」「代金分割」「価格賠償」の3つです。
任意協議、裁判、のいずれの場合でもこの3つの方法のうち、どれかを選択することになります。
物理的に不動産を分割する方法。共有名義の土地であれば、まず分筆登記(登記簿上1つの土地を2筆以上に分筆する登記)をして複数の土地に分割する。このままだと複数の土地を共有名義で所有している状態になるため、次に、それぞれの共有持分を他の共有名義人に移転し、それぞれの土地が単独名義になるように配分する。
代金分割
戸建住宅や分譲マンションなど、多くの場合、建物は物理的な分割ができない(無理やり分割したとしても、買い手がいない)。そこで、共有名義の住宅をまるごと売却して、その売却代金を、共有名義人のそれぞれの共有持分に応じて配分する。なお、話し合いで代金分割にする場合は任意売却、裁判で代金分割にする場合は競売、になる。
価格賠償
1人の共有名義人が住宅を所有する代わりに、他の共有名義人には、持分に応じた価格を支払う方法。 話し合い(協議)で価格賠償にする場合には、単に共有持分を他の共有名義人に売るのと同じ意味になる。裁判で価格賠償になる場合は、「強制的に他の共有名義人の持分を買い取る方法」とも言うことができる。
価格賠償になるケースというのが、いまいちイメージが掴みにくいかもしれませんね。
具体例としては、相続後、3人(長男、次男、妹)の共有名義となっている住宅に、妹の一家だけが住んでいる場合で、妹が「このまま家に住み続けたい」と強く希望するような場合です。
戸建住宅の場合、上記のように現物分割は難しいのですが、代金分割となると住宅を売却して手放さざるを得なくなります。つまり妹の一家は引越さなくてはいけなくなります。そのため、もし妹が「相続した家に住み続けたい」という場合には、他の兄弟(相続人)から持分を買い取る必要があります。
もし他の兄弟が話し合いで売ってくれない場合には、共有物分割訴訟をおこします。その結果、裁判所が価格賠償を認めてくれた場合には、妹は代価を支払うことで他の兄弟の持分も取得できる、ということです。
さて最初の「長男が借金の返済のために任意売却をする」ケースでは、どの方法が当てはまるのでしょうか?
建物のない土地の場合
何も建物のない土地(更地)であれば、分筆して共有名義を解除してから、任意売却する方法もあります。
(ただしこの場合、債権者は抵当権の移転登記が必要になります。少しややこしい話ですが、抵当権は土地全体の共有持分1/3に対して設定されていたのであり、分割した1/3の面積の土地への抵当権とは、意味合いが異なるからです。)
戸建住宅の場合
一方、建物のある住宅の共有名義の場合には、現実的には「代金分割」か、「価格賠償」か、の2つしか選択肢はありません。つまり、
- 他の兄弟に自分の持分を買い取って貰って、その代金を借金の返済にあてる
- 住宅を任意売却にして、売買代金のうち自分の持分の額を借金の返済にあてる
のどちらかの方法を選択する必要があります。
もし他の兄弟に、共有持分を買い取るお金がない場合には、(2)の「住宅を任意売却にして、売買代金を配分して返済にあてる」方法を選ぶことになります。
前述のように、もし他の兄弟が「住宅を売却することに応じてくれない」、「自分の持分を買い取ってもくれない」、という場合には、そのままでは解決できませんので、裁判所に共有物分割請求訴訟を提起することができます。
民法258条では、共有名義人は裁判により強制的に共有物分割を実現させることが可能とさだめています。
(1)共有物の分割について共有者間に協議が調わないときは、その分割を裁判所に請求することができる。
(2)前項の場合において、共有物の現物を分割することができないとき、または分割によってその価格を著しく減少させるおそれがあるときは、裁判所は、その競売を命ずることができる。(民法258条)
つまり上記のように、現物分割が困難なケースで、他の兄弟が任意売却にも応じてくれないケースでは、裁判所に競売を申立てることで代金分割が可能になります。
また逆にいえば、「協議に応じてくれないと、結局、競売になってみんな損するよ」という方向で説得すれば、より前向きに協議で任意売却の話をまとめることも可能になるはずです。
任意売却の方が、競売よりも高い価格で売却できることは間違いありませんので、他の共有名義人も合理的に判断すれば、売却に反対する理由は少なくなります。
さて、今度はこの裁判での共有物分割訴訟のケースを、「相続した住宅に家族で住んでいる妹」の立場から考えてみましょう。
妹としては、「家を売却して手放したくない」「このまま相続した家に住み続けたい」という立場なわけですから、共有物分割訴訟においては「価格賠償」を希望する旨を主張することになります。
ちなみに裁判での価格賠償には、「全面的価格賠償」と「部分的価格賠償」の2つがあります。今回のケースは、全面的価格賠償にあたります。
強制的に他の共有名義人から、共有持分をすべて買い取って、単独所有とする方法。今回のケースでは、住宅をすべて妹の単独名義とし、住宅評価額の2/3にあたるお金を、他の兄弟2人に代価として支払う。
部分的価格賠償
まずは現物分割をおこない不動産を分割してから、残りの微妙な利益額の調整を現金でおこなう方法。例えば、土地を面積に応じて3分割して、3兄弟それぞれの単独名義とし、「道路に面している」「角地である」など、有利な条件の土地を取得した人が、他の2人に少しずつお金を支払って調整する。
他の兄弟2人の立場からすれば、「まあ、自分の持分に応じた現金が貰えるなら、任意売却で第三者に売ろうが、価格賠償で妹が取得しようが、別にどちらでも構わない」というケースが大半だと思います。
問題は、「裁判所が妹の全面的価格賠償を認めるかどうか」です。裁判所が全面的価格賠償を認めるための条件は、以下の4つになります。
- 総合的に判断して全面的価格賠償による分割が妥当であること
- 共有不動産の価格が適正に評価されること
- 共有不動産を取得する共有名義人(妹)に支払い能力があること
- 全面的価格賠償が、他の共有名義人に対して不公平でないこと
(1)については、やや曖昧な要件なので、裁判所次第というところでもありますが、やはり「長期間に渡って住宅に住んでいる共有名義人がいる場合」で、共有名義人が住み続けることを希望する場合などが、妥当と判断されやすいようです。
もし上記の要件のいずれかを満たすことができず、裁判所が「代金分割」による共有物分割を決定した場合には、住宅は競売に付されることになります。このとき、どうしても住宅を手放しくたくない妹は、最後の試みとして、競売に自分で入札して自宅を落札することはできるのでしょうか?
通常は借金などを滞納して、担保権実行により住宅が強制競売にかけられた場合、債務者は自ら競売に入札することはできません。これは以下の条文で定められています。
しかし、共有物分割による競売は、担保権実行のような債権の回収のための競売ではなく、共有物を分割するための手段としての競売という側面があります。(そのため、共有物分割のための競売のことを形式的競売といいます)。
このような競売は、民事執行法68条の「債務者」には該当しないと考えられます。そのため、共有名義人が自分で競売に参加して入札することは可能である、とされています。
ただし、共有名義人が自分で落札する場合には、物件の落札価額の全額を納付しなければいけません。つまり、「自分は既に1/3を所有しているのだから、残り2/3だけを支払えばいいだろう」ということはなく、いったん買受価額の全額を納付してから、その後の手続きで余剰金の交付を受ける、という流れになります。
そのため、競売代金の全額を支払えるだけの余裕がなければ、住宅を落札することはできません。