自己破産の否認権行使って何?どういう行為が否認される?
自己破産の直前に親族に財産を贈与したり、知人の借金だけを優先的に返済したり、何やらゴニョゴニョと怪しい行為をすると裁判所に「否認」される、という話を聞いたことがあるかもしれません。しかし「どのような返済がダメで、どのような支払いがセーフなのか?」という具体的な線引きを理解している方は少数です。この記事では否認の対象となる具体的なケースを説明します。
自己破産を申し立てる直前に、車の名義を親族に変更したり、職場の上司に借りたお金を優先的に返済したりすると、後で裁判所に「否認」されるって聞いたんだけど。本当なの?
破産手続きというのは、裁判所の管理のもとで「破産者の財産を公平に債権者全員に分配する手続き」でしょ。だから、その直前に勝手に破産者が財産を減らす行為をした場合、裁判所は否認できるんだ。
要するに、贈与や返済といった行為を強制的に「無かったこと」にできるのね。でも「勝手に財産を減らす行為」ってちょっと幅が広すぎない? 具体的にはどういうケースを言うの?
でもまだわかりにくいな…。日常の生活費とか子供の学費を普通に支払うのは問題ないんでしょ? それもある意味、「現金や預金を勝手に減らす行為」だけど。
たしかに判断は難しいけど、何でもかんでも否認されるわけじゃない。破産手続きのための費用や、日常生活に必要なお金は支払って大丈夫だよ。他にも、以下の行為は否認の対象にならない。
- (滞納を含まない)携帯電話や家賃など日常生活費の支払い
- 裁判所におさめる費用や弁護士費用などの支払い
- 子供の学費、医療費、葬儀費用、引越し費用などの支払い
- 銀行口座から預金を全額引き出して現金化する行為
- 滞納分の市民税や固定資産税などの税金の支払い
- 離婚したことによる正当な範囲での財産分与
- 自己破産前に相続放棄をして遺産を相続しない行為
- 破産を弁護士に依頼する2カ月前に知人からの借金を全額返済(※)
※ その時点で知人が破産する予定を知っていた場合は除く
例えば、最後のとこに「2カ月前に友人の借金を全額返済する行為」ってあるけど、何カ月以上前の返済・譲渡なら否認されないっていうルールはあるのかな?
ただし否認行為には「詐害行為」と「偏頗弁済」という2つの種類があって、それぞれ否認の対象となる時期が異なるんだ。…これは説明すると長くなるから(笑) 後で説明するね。
※ 否認行為には「詐害行為」と「偏頗弁済」の2種類があり、それぞれ具体的な要件や問題になる時期が異なります。詐害行為についてはこちらの記事、偏頗弁済についてはこちらの記事 でも説明しています。
破産手続き前の「支払」「返済」「譲渡」「売却」などで、破産者の財産を減らす可能性のある行為は、破産開始後に裁判所によって否認される可能性があります。また裁判所が否認権を行使するためには、法律上、破産管財人の選任が必須となるため、管財事件 ※ に回されてしまい、破産手続きの費用が最低20万円~とグッと高額になります。否認対象行為かどうかの判断は素人には難しいので、できれば自分で判断せずに、早めに専門家に相談してください。
- 破産前に財産を処分したり返済すると、裁判所に否認される可能性がある
- 否認対象行為は、法律上「詐害行為」と「偏頗弁済」の2種類に分類される
さっきの話だと、例えば、親族に車を安く売ってしまったり、気づかずに否認対象の行為をしてしまった場合、弁護士さんに相談した時点ではもう手遅れだよね? その後はどうなるの?
否認するかどうかを最終的に判断するのは裁判所だから。申立書の内容から否認対象行為が疑われるようであれば、管財事件(※)に回されて、破産管財人が選任されるだろう。
破産管財人っていうのは、裁判所に雇われて破産手続きの実務をする人のことだよね。じゃあ、もし否認対象となる行為をしてしまった場合は、その破産管財人が返還を要求するの?
「否認権の行使」は破産管財人の仕事の1つだからね。例えば、自己破産前に知人に80万円の車をタダで譲った場合は、破産管財人がその知人と交渉して、車の返還を要求することになる。
でももし、相手当事者の人が「返還しない!」と言い張ったらどうなるの? 破産者の人が「ごめんなさい。すぐ返します」って言っても、貰った側の人が返還に応じてくれないと困るよね。
例えば、君が友達のタロー氏に車を譲ってしまって、タロー氏が「返したくない!」とゴネたとしよう。その場合、最終的には、破産管財人がタロー氏を裁判で訴えて車を取り返すことになる。
私がよく法律を知らないばっかりに、タロー君には迷惑かけちゃうなぁ。でもそれって無責任な話だけど、友達が訴えられるだけだよね。私(破産者)には、ペナルティは何もないんじゃないの?
詐害行為も偏頗弁済も、どちらも悪質なケースだと免責不許可事由(※)に該当する可能性がある。それにわざとでなくても、否認行為があると破産手続きの費用が高くなるから損だよ。
※ 否認行為と免責不許可事由は、法律上の要件が微妙に違います。そのため、否認行為をしたからといって必ず免責不許可事由になるわけではありません。免責不許可事由については、こちらの記事 を読んでください。
もし既に否認対象行為をしてしまった場合でも、それが理由で破産手続きができなくなるわけではありません。単に破産手続きが開始した後に、破産管財人が相手当事者と交渉して財産やお金を取り戻すだけです。ただし悪質な場合には、免責不許可事由になるため、破産手続きに影響が出る可能性もあります。基本的には「うっかり間違って…」否認行為をしてしまっただけであれば、免責不許可事由になることはありません。ただしケースにもよるので、詳しくは弁護士に相談してください。
- 否認対象行為をしても、破産手続きができなくなるわけではない
- 破産管財人が否認権を行使(交渉または訴訟)して相手から財産を取り戻す
- ただし財産を隠す目的など悪質性が高いと、免責不許可になる可能性がある
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破産法で定められた「否認対象行為」の具体的な要件
冒頭の先生の会話にもあるように、否認対象行為には「詐害行為」と「偏頗弁済」の2種類があります。
同じ否認対象行為でも、この2つは根拠となる条文も、問題になる時期も、免責不許可事由になるかどうかの要件も異なります。詳しくは別記事で説明しますが、ここでは重要なポイントだけを説明しておきます。
「詐害行為」について
詐害行為 | |
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概要 | 破産者が破産手続きの前にした財産の名義変更や贈与、廉価売却(実際の市場価格よりも安い価格で売却すること)などの行為。債権者全員のための分配の原資となる財産を不当に減少させる行為なので問題となる。(破産法160条,161条) |
否認の要件 | 基本的には、破産者と相手当事者(財産を譲り受ける相手)の双方に、「債権者を害する認識」があったことが要件。ただし、弁護士に破産手続きを依頼した後の詐害行為は、当事者の認識に関係なく否認される。また無償行為(タダで譲る行為)をした場合は、破産の6カ月前までの行為なら、当事者の認識に関係なく否認される。 |
問題になる時期 | 時期についてはあまり関係ない。1年前でも2年前でも、破産前に(債権者を害する認識がありながら)財産を譲渡した場合には、否認対象の行為になる。実務上は、2年前までの預金通帳や財産目録がチェックされ、怪しい贈与や支出がないか確認される。 |
免責への影響 | 「債権者を害する目的で」上記のような行為をした場合には、免責不許可事由になる可能性がある。「債権者を害する認識」と「債権者を害する目的」の違いは、法律上の解釈が難しいところだが、明確に財産を隠そうとしたり、破産手続きで没収されることを免れる目的で、相手と協力して計画的に贈与・譲渡するような悪質性の高い行為が問題になりやすい。 |
「偏頗弁済」について
偏頗弁済 | |
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概要 | 破産者が弁護士に自己破産を依頼した後に、裁判所の手続き外で一部の債権者だけに勝手に返済をする行為。破産手続きの開始後は、債権者は裁判所の配当によってしか返済を受け取ってはいけない(破産法100条)。破産者も裁判外で勝手に返済してはいけない。(破産法162条) |
否認の要件 | 破産者が弁護士にすでに自己破産を依頼していて、かつ相手の債権者も弁護士からの通知を受け取っている(双方が「支払不能」を認識している)後になされた、借金(債務)の返済行為が否認される。 |
問題になる時期 | 基本的には、破産者が弁護士に自己破産を相談した時点から。ただし、まだ返済期限が到来していない借金(現時点で返済義務のない借金)の返済については、弁護士に自己破産を相談する30日前の返済から問題になる。それ以上前の「返済」が、破産手続き上問題になることはない。 |
免責への影響 | まだ返済期限が到来していない借金(現時点で返済義務のない借金)の返済で、かつ、「特別にその人に利益を与える目的(他の債権者を害する目的)」でされた返済行為は、免責不許可になる可能性がある。逆にいえば、すでに返済期限が到来している借金をうっかり返済しても、免責不許可事由に問われることは絶対ない。 |
上記は、わかりやすさを優先して多少説明を簡略化しています。
もう少しちゃんと理解したい方は以下の記事を読んでください。
おそらく多くの方が、否認対象行為について心配するのは、「その行為が裁判所に否認される可能性があるから」ではなく、「免責不許可になる可能性があるから」という理由が本当のところだと思います。
その意味では、上記のように、否認対象行為は必ずしも免責不許可事由に直結するわけではありません。以下のようなベン図をイメージして貰えばわかりますが、法律上「否認対象」に該当する行為のうち、一部、悪質性の高いものだけが「免責不許可事由」に該当します。
この辺りの具体的な線引きは、専門家の解釈も分かれているので明瞭にビシッと説明することは難しいです。ただ、大まかなイメージとしては「少額を(否認行為と知らずに)うっかり譲渡・返済してしまった」のか、それとも「破産手続きから逃れる目的で計画的にやった」のか、で免責不許可事由に該当するかどうかの判断が分かれると考えてください。
譲渡・返済の相手は誰か?
「相手当事者が誰か?」というのも1つのポイントです。譲渡や返済の相手が身内や親族であれば、破産に至る事情についても「知っていた」と推定されるため、否認権の行使が認められやすくなります。
当然、相手が親族であれば、財産を隠匿する意思(詐害意思など)についても疑われやすくなるでしょう。一方、相手が民間の業者であれば、免責不許可事由になる可能性はかなり低くなります。
例えば、「中古車業者に安く車を売ってしまった」「自己破産後に貸金業者にうっかり返済してしまった(口座から引き落とされてしまった)」といったケースは、否認対象になる可能性はありますが、免責不許可事由に該当することはまずありません。逆に「家族に保険や車などの名義を変更した」系の否認行為は、免責不許可事由に該当する可能性があります。
いずれにせよ、不安な点がある場合は早めに弁護士に相談してください。
一般的には、滞納している債務を自己破産の直前(弁護士に依頼した後)に支払うと、前述のように偏頗弁済になります。ですが、滞納税金については偏頗弁済の条文の規定から除外されています。(参考記事)
過去に滞納している分も、1~2カ月分程度であれば、支払って解消しても「生活のために必要な支出」として否認されず、お咎めなしとなる可能性もあります。しかし滞納分については金額にもよるので、以下の記事を参考にしてください。
弁護士費用や裁判所に支払う予納金、生活費、医療費、引っ越し費用、葬儀費用、子供の教育費などは「有用の資 ※」と呼ばれ、自己破産の直前に消費する使途として許されています。逆にいえば、それ以外の目的で(自由財産を超える額の)現金を勝手に消費すると、問題になる可能性があります。(参考記事)
離婚後に正当な範囲で財産分与をすることは、詐害行為(=不当に財産を減らす行為)には該当しません。ただし、自己破産を弁護士に依頼した後に実際の贈与や支払をすると、偏頗弁済(=一部の債権者への優先返済)に該当する可能性はあります。
(参考記事)
ただし過去の滞納分を支払うのは、偏頗弁済になる可能性があります。たしかに養育費は非免責債権 ※ ですが、非免責債権も法律上の分類は破産債権です。なので、厳密には偏頗弁済の適用の対象になります。一応、弁護士に確認してから支払をすべきでしょう。(参考記事)
相続放棄というのは、単に「遺産は要りません」という財産上の契約ではなく、結婚や養子縁組と同じような「身分行為」だと解釈されています。身分行為は財産上の行為ではないので、否認対象になりません(最高裁昭和49年9月20日)。一方、遺産分割協議は、「誰がいくら相続する」という財産上の契約なので、否認対象になります。(参考記事)
破産管財人はどうやって否認権を行使するの?
冒頭でも述べましたが、もし「否認対象となる行為がある」と裁判所に判断された場合には、破産手続きは管財事件 ※ に振り分けられます。そして、具体的な手続きを任せるために、裁判所によって破産管財人 ※ が選任されます。
管財事件になって破産管財人が選任されてしまうと、裁判所に支払う費用が最低でも20万円~と高額になってしまいます。これがある意味、最もわかりやすいデメリットです。
そもそも管財事件が何かよくわからない方は以下の記事を読んでください。
破産法では、否認権を行使するのは破産管財人の仕事と定められています(破産法173条)。そのため、否認対象行為が疑われる場合は必ず管財事件にされてしまいます。
破産管財人が否認権を行使する方法は主に3つあります。
「任意交渉」「否認請求」「否認の訴え」の3つです。
否認権行使の方法
行使の方法 | 説明 |
---|---|
任意交渉 | 破産管財人が相手当事者に連絡して、「否認行為に該当するので返還してください」と裁判外でお願いする方法。これは法律で定められた方法ではないものの、実務上は(面倒なので)まずこの任意交渉が行われる。 |
否認請求 | 破産事件を担当している裁判所に対して、破産管財人が否認請求を申し立てる。そして破産裁判所が、管財人から提出された資料や、相手方当事者の意見を聞いて、否認するかどうかを決定する。あくまで破産手続き内での簡易的な決定。 |
否認の訴え | 破産手続き外の「通常訴訟」として、管財人が相手当事者を裁判で訴えて財産を取り戻す。破産管財人を原告、相手当事者を被告とする通常訴訟。手間も時間もかかるため、最終決着に使われる。 |
任意交渉 |
---|
破産管財人が相手当事者に連絡して、「否認行為に該当するので返還してください」と裁判外でお願いする方法。これは法律で定められた方法ではないものの、実務上は(面倒なので)まずこの任意交渉が行われる。 |
否認請求 |
破産事件を担当している裁判所に対して、破産管財人が否認請求を申し立てる。そして破産裁判所が、管財人から提出された資料や、相手方当事者の意見を聞いて、否認するかどうかを決定する。あくまで破産手続き内での簡易的な決定。 |
否認の訴え |
破産手続き外の「通常訴訟」として、管財人が相手当事者を裁判で訴えて財産を取り戻す。破産管財人を原告、相手当事者を被告とする通常訴訟。手間も時間もかかるため、最終決着に使われる。 |
一般的には、まず破産管財人が相手当事者(破産者が財産を譲ったり、返済をした相手)に連絡をして、否認行為に該当することを説明し、自主的に返還することを求めます。ココで相手がすんなり返還すれば、話は終わりです。
一方、否認対象行為に該当するかどうか微妙なケースでは、相手当事者も「否認行為ではないから返還しない」といって争ってくる可能性があります。例えば、自己破産前に安く売却したものの、相手方は「当時、破産するほど困窮してたなんて知らなった」と主張しているようなケースです。
※ 前述のように、相手当事者に「債権者を害する認識」がなければ、基本的には詐害行為は成立しません。
このような場合、破産管財人に強制的に返還させる権限はありませんから、司法の場で決着をつけることになります。具体的にいえば、破産管財人が相手当事者を裁判で訴えて、裁判の中でさまざまな証拠を元に、「債権者を害する認識」があったかどうかを争うことになります。
否認請求は行われない
実務では、上記の「否認請求」はほとんど行われません。否認請求の決定に対しては、相手当事者は不服があれば、「異議の訴え」をおこすことができるからです。任意の交渉が決裂している以上、否認請求をしても「異議の訴え」をおこされる可能性が高いですから、時間の無駄です。
そのため、任意の交渉に失敗した場合は、そのまま破産管財人は「否認の訴え」をおこすことが一般的です。
破産者がもし否認対象の行為をしてしまった場合、破産者がいくら反省をして「返還したい」と言ったとしても、相手当事者がそれに応じてくれない限り、返還は実現できません。そのため、破産管財人は、破産者ではなく、相手当事者を被告として訴えることになります。
この場合、破産者は裁判の当事者ではありません(原告:破産管財人/被告:相手当事者)ので、ある意味、この争いでは蚊帳の外に置かれることになります。
ただし、もちろん証人として法廷に呼ばれる可能性はあります。また補助参加というかたちで原告・被告のどちらかの側に参加させられる可能性もあります。その意味では、重要な関係者として訴訟に巻き込まれる可能性は十分あります。
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