自己破産に滞納家賃を含めると賃貸借契約は解除される?
自己破産の手続きに滞納家賃を含めた場合、未払い分の賃料は免責されます。しかし滞納家賃を免責にした場合、支払い義務はなくなりますが、債務不履行により家主に賃貸借契約を解除されて、立ち退きを要求されてしまう可能性があります。引き続き、今の賃貸物件に住み続けたい場合、滞納家賃は自己破産手続きに含めずに、自己破産前に解消しておく必要がありますが、時期によっては偏頗弁済 ※ になる可能性もあるので難しいところです。
借金が返済できなくて、自己破産しようか悩んでるんだけど、自己破産することが大家さんにバレたら、賃貸契約を解除されて家を追い出されたりしないかなー?
でも実は、既に家賃を3カ月ほど滞納しちゃってるんだよね。今のところ、まだ「出ていけ!」とは言われてないんだけど、自己破産することになったら、大家さんも債権者に含めないとダメだよね?
特定の債権者だけ自己破産の対象から外すことはできない。とはいえ、滞納分の家賃を自己破産して踏み倒すとなると、不動産管理会社に立ち退きを要求されてしまう可能性は高いだろうね。
でも新しい住居を探そうにも引越し費用なんてないし、何か良い方法はないかなー? 自己破産前に、滞納分の家賃だけ自分で返済しちゃったらダメかな・・・?
もし滞納家賃を自己破産に含めることになったら、自己破産の開始決定後、すぐに出て行かないとダメなのかな? せめて引越し資金の準備に2カ月くらいは欲しいんだけど・・・。
- 家賃の滞納がなければ、自己破産してもそのまま賃貸住宅に住み続けられる
- 滞納家賃は破産債権なので、自己破産の手続きに含めた場合は免責される
- 滞納家賃を破産に含めた場合、債務不履行で賃貸契約を解除される可能性あり
- 自己破産前(他の債権者への支払停止後)に、滞納家賃だけを支払うのは危険
- 自己破産の開始決定後に、自由財産から滞納家賃を任意弁済するのは問題ない
- 法的な強制立ち退きまでに2~3カ月の猶予はあるので、引越しも検討すべき
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1.滞納家賃を自己破産に含めると賃貸借契約は解除される?
2.自己破産前に滞納家賃を優先して支払うと偏頗弁済になる
3.家主を説得して破産開始決定まで待って貰う方法もある
4.自己破産に滞納家賃を含めても、直ちに退去させられるわけではない
5.賃貸借契約の法定解除から強制執行による明渡しまでの流れ
滞納家賃を自己破産に含めると賃貸借契約は解除される?
まず前提として、現行の民法では「自己破産した」という理由だけで、いきなり賃貸借契約を解除することはできません。そのため、家賃を滞納していない限りは、自己破産したからといって賃貸契約を解除されることはありません。
昔の民法では「賃借人が自己破産した場合、賃貸人は契約の解除を申し入れることができる」という条文が存在しました(旧民法621条)が、この条文は平成16年の改正により、現行の民法からは削除されました。
賃借人が破産の宣告を受けたときは、賃貸借に期間の定めあるときといえども、賃貸人または破産管財人は解約の申し入れをすることができる。(現在は削除)
もし賃貸借契約書の中で、特約として「賃借人に破産手続開始があったときは、直ちに本契約を解除する」といった条項を特別に設けたとしても、このような特約は無効だという解釈が一般的です。
例えば、平成20年12月16日の最高裁判決では、民事再生手続きの開始を理由に契約を解除する特約を無効とした判例があります。(参考リンク)
逆に家賃に滞納があって、それを自己破産の手続きに含めた場合は、債務不履行により賃貸借契約を解除されても仕方ありません。
電気やガス供給などのインフラ契約の場合は、「自己破産前の滞納分の支払いがないことを理由にして、破産開始決定後に、供給を停止したり契約を解除することはできない」という破産法55条1項による保護があります。
つまり電気やガスの場合は、過去の滞納分を自己破産で免責にしたとしても、それを理由に電気を止められたり、ガスを止められたりすることはないんですね。
これについては、以下の記事で詳しく解説しています。
しかし残念ながら、家賃などの賃貸借契約の場合は、破産法55条で保護される「継続的給付を目的とする双務契約」には含まれない、というのが多数説の見解です。
少し難しい説明になりますが、「賃貸借契約の場合は、すでに最初の段階で家主側の給付(部屋を貸渡すこと)が完了しており、継続的な給付が存在しないため、破産法55条でいう継続的給付を目的とする双務契約にはあたらない」からです。(参考文献「破産法学習ノート」)
そのため、自己破産手続きによって破産前の滞納家賃を踏み倒した場合は、自己破産の開始決定後に発生する家賃をキチンと支払っていたとしても、家主は、債務不履行を理由に賃貸借契約を解除することができてしまいます。
契約を解除されたくなければ、滞納分の家賃を何らかの方法で支払うしかありません。
自己破産前に滞納家賃を優先して支払うと偏頗弁済になる
滞納分の家賃を支払って解消してしまえば、家を追い出されることはありません。しかしこれも、自分で支払う場合には、時期によっては偏頗弁済 ※ になってしまう可能性があるため、悩ましいところです。
一般的には、弁護士に自己破産を依頼して、弁護士から各債権者宛に受任通知が送付された後は、もう個別に債権者に対して返済をしてはいけません。あとは破産手続きの中で、裁判所に配当を任せなければならず、勝手に自分で返済することは許されません。
家賃の場合も、毎月発生する月々の賃料を支払う分には問題ありませんが、過去の家賃の滞納分を優先的に支払ってしまうと、厳密には偏頗弁済になります。そうなると、管財人に否認 ※ されるリスクが高くなるだけでなく、最悪、免責不許可になる可能性もあります。
偏頗弁済については、以下の記事を参考にしてください。
これが原則論です。しかし滞納家賃の支払いの場合は、例外的に「生活に必要な費用」として支出が認められる場合もあります。
家賃の場合は、最初に説明したような事情から、「滞納分を支払わずに破産手続きに含めてしまうと、賃貸借契約を解除されて家を追い出されてしまう」可能性が非常に高いです。
賃貸借契約を解除されるとなると、自己破産の本来の目的でもある「経済生活の再生の機会の確保」が実現できなくなってしまいます。そのため、裁判所によっては1~2カ月分程度の家賃の滞納であれば、「生活のために必要な費用」として支出を認めてくれる場合もあります。
もし自己破産前に滞納家賃を支払って解消することが許されるのであれば、債権者一覧表に含める必要もありませんし、弁護士からの介入通知を家主に送る必要もありません。賃貸借契約を解除される心配はないでしょう。
しかし「何カ月分の滞納家賃までなら支払ってOKか?」というのは、程度問題でもあります。例えば、さすがに1年分もの家賃の未払い(例えば、月9万円の家賃12カ月分で86万円の滞納分)を自己破産前に一括で支払うとなると、他の債権者との関係では、偏頗弁済にならざるをえません。
滞納金額があまりに高額であれば、引越して新たに新居を探した方が安いですから「生活に必要な支出」とは認められないでしょう。この辺りの判断は非常に難しいところです。裁判所による地域差もありますので、自身で判断せずに必ず担当弁護士に相談してください。
偏頗弁済は、あくまで「自分の財産の中から、他の債権者に優先して支払ってはいけない」という規定です。
なので親兄弟や友人にお願いして、滞納家賃を支払って貰うのであれば、全く問題ありません。実際、そうやって滞納家賃の問題をクリアしている方は多いです。「自己破産をして経済的にもやり直したい」ということを説明すれば、滞納家賃くらいであれば、援助して貰えるケースも多いでしょう。
身内の方で家賃の保証人になってくれている方がいる場合は、その方を説得するのも1つの方法です。
家賃の保証人がいる場合には、どっちみち未払い分の賃料は保証人に対して請求されることになります。そのため、滞納家賃を自己破産の手続きに含めるのであれば、どっちにしても、あらかじめ事情を説明しておく必要が生じます。
「いまは自己破産の手続き前だから自分では支払えないけど、一時的に家賃を立替えてくれれば、自己破産の開始後に振り込まれる給与(= 新得財産 ※)から返済できるから」といった事情をキチンと説明すれば、保証人の立場からしてもデメリットはないはずです。
もう1つの方法として、家主(または不動産管理会社)を説得して、自己破産の開始決定まで待って貰ってから、自己破産の開始決定後の給与等から滞納家賃を支払う方法もあります。
偏頗弁済はあくまで「自己破産の直前に、自分の財産から優先弁済をしてはいけない」という規定ですから、自己破産の開始後に、自由財産 ※ や新得財産 ※ から滞納家賃を支払う分には問題ありません。
自由財産を破産債権の返済にあてる行為は問題ないのか?
滞納家賃は、破産債権(破産手続きで最終的に免責される債権)ですから、本来は、破産手続きの中でしか債権の回収を図ることはできません(破産法100条)。
つまり自己破産が開始した後は、家主の方から滞納分の家賃を破産者に対して請求したり、強制執行することはできなくなります(だからこそ、債務不履行によって賃貸借契約を解除される、という話の流れになります)。
しかし自己破産の開始決定後に、破産者の自発的な意思で、自由財産から破産債権の任意返済をすることは禁止されていません。これは平成18年1月23日の最高裁判決でもハッキリと判示されています。
破産手続き中、破産債権者は破産債権に基づいて債務者の自由財産に対して強制執行をすることなどはできないと解されるが、破産者がその自由な判断により自由財産の中から破産債権に対する任意の弁済をすることは妨げられないと解するのが相当である(最高裁リンク)
そのため、自己破産の開始決定まで待ってもらえば、その後の給与等から滞納分の家賃を、家主に対してだけ支払うことは可能なのです。自己破産に滞納家賃を含めていたとしても、別途、任意で返済する分には問題ありません。
このようなことを説明して、賃貸借契約の解除を猶予して貰い、自己破産の開始後に滞納家賃を返済していくというのも1つの方法です。(もちろん、既に契約が解除されているのであれば、わざわざ滞納家賃を支払う必要はありません)
自己破産に含めても、直ちに退去させられるわけではない
たまに「家賃を滞納したまま自己破産したら、明日・明後日にでもすぐに家を追い出されるのではないか?」と過剰に心配されている方もいますが、全く時間的猶予がないケースというのはほとんどありません。
債務不履行を理由に、賃貸借契約を法定解除するためには、最低でも2カ月以上(一般的には3カ月以上)の家賃の滞納が必要ですし、契約解除をする前には1週間程度の期間を定めて事前に催告することも必要です。
また賃貸借契約を解除した後も、強制的に立ち退かせるためには不動産明渡訴訟をしなければならず、これは短くても2カ月程度はかかります。さらに判決が出た後も、強制執行が断行される前には「明渡しの催告」でさらに1カ月程度の猶予期間が与えられます。
このように法律上、賃貸借契約を解除して賃借人を立ち退かせる手続きは簡単ではありません。
例えば、家賃を数カ月滞納していて、不動産管理会社から内容証明郵便で「契約を解除するから出ていってくれ」と言われている段階であれば、少なくとも1カ月以内に強制的に追い出されるようなことはありません。
誤解しないで欲しいのですが、契約解除後もダラダラと居座っていいと言っているわけではありません。
当然ですが、居座っている間は、契約解除後であっても家賃の支払い義務は発生します(正確にいうと、賃貸借契約の解除後は賃料ではなく「賃料相当損害金」が発生します)。自己破産の開始後に発生した家賃や損害金の分は免責されませんので、ちゃんと支払わなければなりません。
また家主さんの立場からしても、賃料が支払われないと非常に迷惑がかかります。契約を解除されたのであれば、できるだけ早く退去すべきなのは、道義的にも当然の話です。
ただし、何が言いたいかというと「準備期間が全くないわけではないので、高額の家賃滞納がある場合はちゃんと自己破産手続きに含めた上で、早い段階で引越し先を探す努力をした方がいい」ということです。
何となく「家を追い出されたら生活できなくなる」という不安から、高額の滞納家賃を自己破産手続きに含めないようにしたり、酷い場合には、担当の弁護士にも家賃滞納があることを隠そうとする方がいますが、このようなことは絶対に避けるべきです。
居住条件にもよりますが、3~4カ月以上の滞納家賃を無理して支払うのであれば、今よりも安い物件に引越した方が(引越し費用も含めて)安くなる場合も多いはずです。
「自己破産中だと、入居審査に通らないんじゃないか?」と心配される方も多いですが、これも、保証会社がクレジットカードや信販系列の会社でなければ、通常は関係ありません。継続的な収入さえあれば、自己破産の有無はほとんど影響しないでしょう。
これについては、以下の記事でも解説しています。
賃貸住宅の家賃保証会社にはいくつかの系列がありますので、諦めずにたくさんの不動産会社の物件に当たってみることが肝心です。
賃貸借契約の法定解除から強制執行による明渡しまでの流れ
先ほども簡単に説明しましたが、最後に「強制的な建物の明渡しまでに、一般的にどのくらい時間的な猶予があるのか?」を少し掘り下げて解説しておきます。
まず法律上、契約を一方的に解除するためには、相手方の「遅行遅滞」または「履行不能」が必要です。
履行遅滞 | 履行不能 | |
---|---|---|
意味 | 約束の期日になっても債務が履行されず、履行が遅れている場合。例えば、返済期日までに金銭の支払いがされない場合などが典型。(民法543条) | 履行の実現が不可能になってしまった場合。例えば、不動産や車などを引き渡す契約で、その目的物が売主の過失によって焼失してしまった場合など。(民法541条) |
事前催告 | 相当な期間を定めて催告することが必要。相当な期間とは、一般的には3日程度あれば足りるとされているが、実務上は1週間程度とすることが多い。 | 催告は必要ない。直ちに契約解除できる。 |
履行遅滞 | |
---|---|
意味 | 約束の期日になっても債務が履行されず、履行が遅れている場合。例えば、返済期日までに金銭の支払いがされない場合などが典型。(民法543条) |
事前催告 | 相当な期間を定めて催告することが必要。相当な期間とは、一般的には3日程度あれば足りるとされているが、実務上は1週間程度とすることが多い。 |
履行不能 | |
意味 | 履行の実現が不可能になってしまった場合。例えば、不動産や車などを引き渡す契約で、その目的物が売主の過失によって焼失してしまった場合など。(民法541条) |
事前催告 | 催告は必要ない。直ちに契約解除できる。 |
賃貸借契約の場合、お金の支払いの問題に「履行不能」というのはありえません(お金が世の中から無くなることはない)ので、必ず「履行遅滞」(家賃の支払いが遅れていること)が、契約解除の原因になります。
そのため、家主が契約解除をするためには、1週間くらいの猶予期間を定めて、「×月×日までに支払いがなければ、賃貸借契約を解除しますよ」ということを事前に通知しなければ、契約を解除することはできません。
当事者の一方がその債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、相手方は、契約の解除をすることができる。(条文リンク)
賃貸借契約の解除には「信頼関係の破壊」が必要
また家賃を1カ月滞納しただけでは、その時点ですぐに催告をしたとしても、賃貸借契約を解除することはできません。
判例によると、継続的な賃貸借契約を解除するためには、前提として「信頼関係が損なわれる程度の債務不履行」が必要とされています。特に住居の賃貸借契約の場合は、生活に関わることですから、借主と貸主の間には高度な信頼関係が求められます。
そのため、例えば、たった1回支払いが遅れただけでは、家主側から賃貸借契約を解除することは認められません。これを信頼関係破壊の法理といいます。
何カ月以上の家賃滞納であれば「信頼関係が破壊された」と言えるかは、基準が明確に決まっているわけではありませんが、一般的には3カ月程度の滞納が目安とされています。
3カ月程度の家賃の滞納があり、相当期間の催告があった上で、賃貸借契約が解除された場合には、その後、家主は裁判所に「建物の明渡請求訴訟」を提起することができます。
この場合、契約解除後の賃借人は不法占拠者になります。賃借人の立場としては、どう考えても裁判での勝ち目はありませんが、それでも判決が出るまでには3カ月以上かかることが多いです。
建物明渡訴訟のスケジュール
まず、家主側が裁判所に訴状を提出してから、実際に第1回口頭弁論期日が開かれるまでに1カ月程度かかります。さらに1回目の期日を擬制陳述 ※ で欠席した場合、第2回口頭弁論期日が開かれるまでに、また1カ月程度かかります。
通常、期日は1カ月に1回程度のペースでしか開かれません。そのため、ほとんど争いのない裁判で、2回目の口頭弁論期日ですぐに結審したとしても、やはり訴状の提出から判決の言い渡しまでには、2~3カ月程度はかかってしまうことが多いのです。
なお、自宅に訴状が届いた場合の対応などは、以下の記事も参考にしてください。
また判決が言い渡された後も、家主側はすぐに強制執行できるわけではありません。
判決は、裁判所から賃借人(被告)の元に送達されてから2週間が経過して、はじめて確定します。判決は確定しなければ効力が生じません(強制執行もできません)ので、家主は、判決が出てからさらに2週間は待たなければなりません。
建物明渡請求訴訟の判決が確定すれば、家主は、裁判所に強制執行を申立てることができます。その後の詳しい流れは、以下の記事で解説していますので参考にしてください。
一応、この記事でも、大体のスケジュールだけ解説しておきます。
まず強制執行の申立てがあってから2週間くらいで、一度、執行官が賃借人の自宅にやってきます。これは、その日すぐに追い出すためではなく、「1カ月後に強制執行を断行しますよ」と通告するためです。これを「明渡しの催告」といいます。
実際の強制執行は、明渡しの催告があった日から1カ月後に断行されます。
この断行日には、執行官が家にやってきて、文字通り家から引きづり出され、鍵も交換されてしまいますので、最低でもこの断行日までには自主的に立ち退かなければなりません。大体、判決が出てから1カ月半くらいが目安になります。
もちろんここまで迷惑をかける前に、なるべく早く自主的に退去するべきです。
それでも、家主に自己破産の通知をしてから、少なくとも1~3カ月程度の猶予期間はあることがわかると思います。家主も、訴訟や強制執行に大変手間がかかることはわかっていますから、自主的に立ち退くといえば、ある程度は待ってくれるはずです。
弁護士の介入後は他の債権者への返済もストップするわけですから、多少は家計にも余裕ができるはずです。その間に何とか引越し費用を貯めて、次の新居を探して立ち退くことになります。
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