自己破産直前の強制執行は破産管財人に否認される?
今回の記事は債権者の側の立場での解説記事になります。前回の記事でも解説したように、強制執行手続きは自己破産が開始決定すると、失効または中止になります。また自己破産開始決定後は、債権者の方が個別に破産者の財産を差押えることはできません。では、自己破産の開始前に既に強制執行を済ませて、回収が完了した分については何も問題はないのでしょうか? それとも破産手続きで否認される可能性はあるのでしょうか?
自己破産手続きの開始後は、債権者の人は強制執行ができない、既に強制執行してる場合は停止になるっていうのはわかったけど、自己破産手続きの前に強制執行で回収を終えた分は問題ないの?
じゃあ「債務者が自己破産しそうだから、その前に何とか!」って頑張って急いで強制執行した場合でも、破産手続きの開始後に破産管財人に「返してください」って言われる可能性があるってこと?
- 自己破産の開始前に強制執行で回収した財産でも否認される可能性はある
- 偏頗弁済にあたると判断された場合、破産管財人により返還を求められる
- 破産管財人は、破産者の自主的な返済だけでなく執行行為でも否認できる
- 破産者が「支払不能になった後」もしくは「破産申立て後」の回収は危険
- 破産者が弁護士に正式に破産手続きを委任した後だと否認の可能性あり
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1.自己破産の直前に行った強制執行が否認されるケース
2.強制執行による回収が否認される法的な根拠は?
3.「支払い不能」に陥ったと判断される要件について
4.弁護士の介入通知後、なかなか自己破産されない場合
自己破産の直前に行った強制執行が否認されるケース
自己破産の開始決定よりも前に、強制執行による回収を終わらせている場合でも、そのタイミングによっては強制執行が否認される可能性があります。これは強制執行が破産法上の偏頗弁済と見なされる可能性があるからです。
偏頗弁済とは「自己破産の直前に特定の債権者だけに返済すること」をいいます。
自己破産の直前に特定の債権者だけに返済すると、他の債権者への配当原資となる財産がその分減ってしまうことになるため、破産法ではこのような返済行為を禁止しています。
強制執行の場合
もし強制執行による回収が、偏頗弁済として否認された場合、債権者はせっかく強制執行で回収した金銭をそのまま破産管財人(破産財団)に返さなければならないことになります。
ここからは、まず1つ目に「強制執行による回収が否認される法的な根拠」を解説します。その後、2つ目に「どのタイミングで(いつ)強制執行すると否認されるのか?」ということを解説していきます。
まずは「偏頗弁済」に関する破産法の条文を確認してみましょう。
破産法には「偏頗弁済」という言葉は出てきませんが、一般的に偏頗弁済といわれる条文の根拠となっているのは、以下の破産法162条
です。
次に掲げる行為(既存の債務についてされた担保の供与又は債務の消滅に関する行為に限る。)は、破産手続開始後、破産財団のために否認することができる。
(イ)当該行為が支払不能になった後にされたものである場合 支払不能であったこと又は支払の停止があったこと。
(ロ)当該行為が破産手続開始の申立てがあった後にされたものである場合 破産手続開始の申立てがあったこと。
法律の条文なので少し読みにくいですが、順番に確認していきましょう。
否認できる法的根拠
まず1つ目に「強制執行による回収が偏頗弁済になるのか?」という点ですが、上記の条文では最初に「債務の消滅に関する行為」と記載されています。そのため、自主的な返済だけでなく、強制執行によって回収した金額もこの162条でいう「債務の消滅行為」に含まれます。
また否認ができるかどうかについては、破産法165条に以下のような規定があります。
否認権は、否認しようとする行為について執行力のある債務名義があるとき、又はその行為が執行行為に基づくものであるときでも、行使することを妨げない。(破産法165条)
つまり、破産者が自らの意思で偏頗弁済をした場合だけに限らず、債務名義や債権執行に基づいて強制的に回収した場合でも、否認権の対象となり得ることが示されています。
偏頗弁済になる時期
次に2つ目の「どのタイミングで強制執行すると、偏頗弁済になるのか?」についてですが、これは以下の2つのパターンに当て嵌まる場合に偏頗弁済に当たる、と判断されます。
- 債務者が支払不能になったのを知っていて、その後に強制執行した場合
- 債務者が破産の申立てをしたのを知っていて、その後に強制執行した場合
後者はわかりやすいですよね。債務者が自己破産の申立てをした後はもう明らかに破産手続きの準備に入っているわけですから、そのことを債権者が知っていた場合は、強制執行をしても否認される可能性があります。
問題は前者の「支払い不能になった後に強制執行した場合」です。「支払い不能」というのは具体的にどのような状態を言うのでしょうか?
まず法律上は、支払い不能の状態とは「債務者が支払能力を欠くために、その債務のうち弁済にあるものにつき、一般的かつ継続的に弁済することができない状態をいう」と定められています。
つまり以下の要件を満たすときには、債務者は「支払い不能」だと判断されます。
支払不能の要件
要件 | 内容 |
---|---|
支払能力の欠乏 | 財産、信用、労力、技能のいずれを活用しても返済する能力がないこと |
弁済期の到来 | 既に返済期限が過ぎている債務に関する問題であること |
一般的に弁済できない | 特定の一部債権者だけに返済できないわけでなく、全ての債権者に返済できないこと |
継続的に弁済できない | 一時的に今だけ資金繰りが苦しいわけでなく、今後もずっと返済できそうにないこと |
客観的な状態 | 第三者から客観的に見ても「この人は支払い不能だ」と言える状態のこと |
ただし、この「支払い不能な状態かどうか?」というのは、正直、外部からは非常にわかりにくいです。債務者が本当に支払い不能に陥っているかどうか、なんて、債権者の立場からはなかなかわかりませんよね。
そこで破産法15条2項では、「債務者が支払を停止したときは、支払不能にあるものと推定する。」と定めています。つまり、外部からみて「支払い停止」の要件を満たしていれば、「支払い不能」状態だと判断する、ということです。(破産法15条2項)
支払い停止とは?
法律上、「支払い停止」と見なされる代表的な例は、「債務者が弁護士に破産手続きを依頼した時」です。これは単に弁護士に相談しただけではダメで、「弁護士と正式に委任契約を交わしたとき」にはじめて、支払い停止と判断されます。
債務者が弁護士に自己破産を依頼すると、弁護士事務所から各債権者宛に「受任通知※」が送付されます。「○○さんが自己破産手続きをすることになりました」という連絡通知のことですね。
債権者側としてもこの通知を受け取った段階で、「債務者が支払い停止になった」と知ることができます。つまり、弁護士からの介入通知を受け取った後に強制執行により債権を回収しても、偏頗弁済となり否認される可能性がある、ということです。
受任通知に自己破産することを明示してない場合
なお、自己破産するかどうかの方針を明示していない受任通知で、単に「債務整理することになりました。今後、直接の取立て行為は中止してください」という通知でも、破産法でいう「支払い停止」にあたるかどうか、については議論がありました。
しかし平成24年10月19日の最高裁判決では、単なる「債務整理開始の通知」であっても、破産法上の「支払い停止」に当たる、という判断が示されています。(最高裁判例)
そのため、弁護士からの受任通知に「破産する」という方針が明示されていない場合であっても、その後に自己破産が申立てられた場合には、通知が届いた時点で「支払い停止」にあたると判断されます。
弁護士の介入通知後、なかなか自己破産されない場合
ごく稀に弁護士の受任通知が届いてから、1年以上待っても音沙汰がなく、いつまで待っても自己破産の申立てがされる様子がない、というケースがあります。
これは自己破産を担当する弁護士の方の多忙や怠惰であったり、予納金や弁護士費用の準備などで時間がかかっている場合、あるいは取りあえず受任通知を送るだけが目的の悪質な場合、など様々な理由が考えられますが、いずれにしても、こうした状況に痺れを切らして、債権者が強制執行に踏み切るケースがあります。
こういった破産者側に落ち度があるような場合でも、「支払い停止後の強制執行」として、強制執行による回収が否認される可能性はあるのでしょうか?
この点について、実際に自己破産の申立てがあった日から1年以上前の行為であれば否認の対象にはなりません。例えば、受任通知の送付後に何年も自己破産の申立てがされないような酷いケースの場合、介入通知を受け取った後の強制執行であっても、否認対象にはなりません。
これについては、以下の破産法166条でさだめられています。
第166条 破産手続開始の申立ての日から一年以上前にした行為は、支払の停止があった後にされたものであること又は支払の停止の事実を知っていたことを理由として否認することができない。(破産法166条)
自己破産の依頼を受けた弁護士は、適切かつ公正な清算手続きのために、できる限り迅速に破産申立てをするのが責務です。
そのため、さすがに介入通知の送付後1年以上に渡って自己破産の申立てがされなかった場合には、1年以上前になされた強制執行による差押えは、例え「支払い停止」より後の行為であったとしても否認することはできません。
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