個人再生での詐害行為では、取消権は行使されない?
詐害行為とは、「債権者を害する(損をさせる)目的で自分の財産などを不当に減らす行為」のことを指します。 例えば、債権者に借りたお金の返済期限が到来しているにも関わらず、返済をしていない場合等で、強制執行で差押えられることを避けるために、不動産を兄弟などに贈与してしまようなケースがこれに当たります。
債権者からの取り立てや差押えから逃れるために、自分の土地や住宅などの財産を、他人に贈与したり名義を変更してしまうような行為って、たしか法律上は無効になるんだったよねー?!
これって個人再生手続きの場合でも同じなのかなー? つまり、個人再生の前後で詐害行為があった場合にも、債権者により詐害行為取消権に基づく訴訟をされる可能性ってあるのー?
じゃあ、個人再生前後でもし詐害行為が行われても、債権者はそれを訴えることはできないんだよねー? 債権者はどうやって自分の被保全債権を守ればいいのかな?
- 強制執行や差押えの弁済から逃げるための不動産の贈与等は詐害行為になる
- 詐害行為で逸出した財産は、民法424条の詐害行為取消権で回復できる
- 個人再生手続きでは、債権者は個別に詐害行為取消権は行使できない
- 代わりに債権者は、申立てにより再生計画を棄却、不認可にできる
詐害行為取消権ってどういう権利なの?!
詐害行為は、前述のように「債権者を害する目的で自分の財産を減少(隠匿、処分)する行為」のことを指します。
典型的な例としては、借金が返済できなくなって、強制執行により住宅が競売にかけられる可能性が浮上してきた場合などに、先祖から代々受け継いできたような土地、家屋を守るために親族などに名義を変更してしまうケースなどが該当します。
土地や不動産などの財産を、兄弟や親などに名義変更したり、贈与という形で譲渡してしまうと、その土地や財産はもう債務者の所有物ではなくなってしまうため、債権者はその土地や財産に対して強制執行をかけることができなくなってしまいます。
しかしそれでは、「土地などの財産があるから安心して貸した」という債権者は思わぬかたちで不利益を被ってしまうことになります。そのため、民法では確信犯的に財産を逃がす(隠す)ためにおこなった贈与行為は、詐害行為として取消ができる、と定めています。これが詐害行為取消権です。
民法424条では、「債権者は、債務者が債権者を害することを知ってした法律行為の取消しを裁判所に請求することができる。」と定められています。取り立てや差押えから逃れる目的でされた譲渡や、不当な財産処分行為は、債権者の請求によりその効力を取消しにすることができます。債権者取消権ともよばれます。(民法424条)
この詐害行為取消権は、住宅や土地などの不動産に担保権を設定していない債権者でも行使が可能です。前述の例でいえば、住宅を奪われたくない、という理由で住宅を親族に贈与して名義を変更したとしても、債権者が詐害行為取消権を裁判所に請求すると、この譲渡行為は無効になってしまう、ということです。
贈与が無効になれば、当然、債務者が所有権者に戻りますので、債権者はその住宅や土地に対して強制執行等がかけられるようになります。
この「詐害行為取消権」は、土地や住宅に担保権、抵当権を設定していない債権者のために、責任財産を保全するための仕組みです。
そもそも担保権執行と強制執行は何が違うのでしょうか?
債権者は貸したお金について期限までに返済を受けられない場合、裁判所への申立て(支払督促、簡易訴訟)で債務名義を取得することで、強制執行により土地や住宅といった不動産を差押えることができます。差押えた不動産は、民事執行法に基づき競売にかけられ、現金に換価された上で借金の返済に充当されます。
つまり、住宅や土地に担保権が設定されていない場合でも、借金を返済することができなければ不動産は結局、差押えの対象になります。
不動産執行による債権の回収の手順や流れについては、担保権執行と強制執行ではほとんど違いはありません。
しかし、担保権執行と強制執行が大きく違う点があります。 それは対象となる住宅や土地が、前述のように親族に贈与や譲渡されてしまった場合です。登記上、担保権が設定されている場合は、例えその土地や住宅が贈与されたり、名義変更された場合でも、担保権は消滅しませんので借金が返済されない場合は、抵当権を行使して債権を回収できます。
一方、強制執行の場合は、不動産を他人に譲渡されてしまうと手出しができなくなってしまいます。そういった債権を保護する目的の1つが、債権者による「詐害行為取消権」になります。
個人再生手続き開始決定後の、詐害行為取消権について
ここまで債権者の権利保護、財産保全のための「詐害行為取消権」について説明してきましたが、これが個人再生の開始手続き決定後である場合は少し事情が異なります。
個人再生手続きでは、債権者平等の原則というものがあり、全ての債権者がそれぞれの債権額に応じて平等に弁済を受けられるよう調整されることになります。担保権、抵当権のような別除権が設定されている場合は別ですが、それ以外の債権者は自分だけ抜け駆けで再生債務者の財産を差し押さえたり、取り立てをおこなうことはできません。
すべての債権者は原則として、再生手続きに参加して、再生計画のなかで弁済を受けなければならない、とされているのです。これは詐害行為取消権についても同様です。
これを実際に示した判例があります。東京高等裁判所でおこなわれた平成22年12月22日の判決です。
この裁判では、ある借金の連帯保証人にあたる人物が、所有している不動産を子供に贈与した後に、小規模個人再生の申立てをおこないました。この個人再生の申立ては裁判所に受理され、手続きの開始決定がなされたのですが、債権者が「この贈与は詐害行為であるため、無効だ!」として訴訟を提起したのです。
第一審では、詐害の意思があったかどうかが争点となりましたが(譲渡行為により債権者が損をする認識があり、それを目的として行った、と見なされなければ、詐害行為取消権は成立しません)、高等裁判所の判決では、そもそも個人再生の手続き外で詐害行為取消権を行使すること自体ができないという判断を下しました。
この判決により、以降、原則として個人再生の手続き外で債権者が個別に詐害行為取消権を行使することはできない、と解釈されることが一般的になりました。
それでは、債権者の責任財産は個人再生手続きでは保全されないのか、というと、もちろんそんなことはありません。
個人再生手続きでは、民事再生法174条に「再生計画の認可又は不認可の決定」という項目があるため、債権者にとって不利益がある、または不正な財産の隠匿等がある再生計画は裁判所により不認可とすることができます。
裁判所は、次のいずれかに該当する場合には、再生計画不認可を決定する
(3)再生計画の決議が不正の方法によって成立するに至ったとき
(4)再生計画の決議が再生債権者の一般の利益に反するとき
(出典:民事再生法174条2項より抜粋)
また民事再生手続きには、「否認権」という概念があり、これが民法での「詐害行為取消権」とほとんど同じ概念になりますので、個人再生手続き前の、不正な住宅や土地の名義変更、贈与はこの「否認権」に基づき、対応をすることになります。
具体的には、個人再生手続き前に、債権者を害する(財産を逃がす、隠す)意思を持って評価額800万円の土地の贈与をおこなった場合、(贈与の取消しはしない代わりに)この800万円分についても再生計画の返済額に含めて弁済しなければならない、とする決まりです。
つまり財産を隠匿する目的で、手続き前に贈与をおこなった場合でも、結局、その財産の評価額と同程度の金額を、個人再生で弁済しなければならなくなります。これを怠った場合は、前述の「再生債権者の一般の利益に反するとき」に該当するため、裁判所により再生計画の不認可が決定されます。
この手続き前の財産処分については、以下の記事で詳しく解説しています。
・【参考記事】個人再生前に車や不動産の譲渡や名義変更はできる?
このように個人再生の手続き内でも、債権者を保護するための法律や仕組みは整っています。そのため手続き期間中は、債権者が敢えて個別に民法上の「詐害行為取消権」を行使する必要はありませんし、またそれを行使することはできない、ということになっています。