個人再生では相続財産は放棄すべき?分割協議にすべき?
個人再生では清算価値保障の原則があるため、高額な資産を抱えたまま個人再生を申立てると返済額もそれに応じて高くなってしまいます。 一般的には、個人再生を申立てる方が高額な資産を持っていることは稀なので、あまり気にする必要はないのですが、個人再生の申立ての前後で相続財産があった場合には注意が必要です。
個人再生の申立て前や、開始決定後に遺産相続があった場合ってどうすればいいのかなー? 普通に相続しちゃうと、最低弁済額が凄く高額になっちゃうよねー?(>_<)
- 再生計画の認可決定後の財産相続は問題なし(返済額に影響なし)
- 個人再生の直前や手続き期間中に財産相続をすると最低弁済額が増える
- 相続放棄をすれば、弁済額が増えることなく個人再生ができる
- 分割協議で敢えて少なく相続するのは不可能(法定相続分で計算が必要)
個人再生中に財産を相続すると返済額が増える?!
個人再生は、借金がどうしても返済できない人が裁判所に申し立てて、借金を減額して貰うための救済制度です。 不動産(土地、家屋、山林)といった高額な資産を持ったまま、個人再生手続きをすることは本来、制度の目的に沿ったものではありません。
そのため、個人再生では原則として、たくさん資産を持っていればいるほど、それに応じて返済額も高額になる仕組みになっています。これを清算価値保障といいます。
・【参考記事】個人再生の最低弁済額と清算価値保障について
しかし、ここでよく問題になりがちなのは相続財産です。借金の返済に行き詰って困っていた方でも、親が突然亡くなったりすることで、いきなり土地や建物などの資産価値の高い財産が手元に増えてしまうことがあります。
財産相続により資産が増えるのは非常に良いことなのですが、個人再生の手続き期間中(あるいは申立ての直前)というタイミングで相続をしてしまうと、最低弁済額が大幅に増えてしまうことがあります。
例えば、個人再生の開始決定の直後に、父親が亡くなってしまい、土地家屋などの相続財産ができたケースを考えてみます。この不動産の固定資産税評価額は1200万円で、家族構成は母親、自分、兄の合計3人だとします。また個人再生申立て時の借金額は480万円だとしましょう。
この場合、法定相続分で計算すると、配偶者が1/2、子供が全員で1/2(1人辺り1/4)を相続することになりますので、固定資産税評価額ベースでも相続財産は300万円になります。この場合、(他に財産がないと仮定すると)清算価値も300万円になります。
・【関連リンク】相続人の範囲と法定相続分-国税庁ホームページ
つまり本来であれば、民事再生法の基準で100万円まで減額されるはずの借金が、遺産相続により300万円までしか減額されなくなり、個人再生での返済額が200万円も増えてしまうことになります。
再生計画での弁済額が200万円増えるということは、原則3年間で返済するとして、1カ月あたりの返済額が約5.5万円増えることになります。その方の経済力や収入にもよりますが、5万円以上も返済額が増えると再生計画に支障をきたしかねない、という方も多いのではないでしょうか。
「資産が手元に入るんだから良いじゃないか」と思われるかもしれませんが、土地家屋の場合、母親など他の家族が住居としてそのまま使用している場合もありますし、必ずしも簡単に現金化できるとは限りません。借金返済のために資産を売却しなければならない、となると、他の相続人や家族にも迷惑が掛かってしまう可能性もあります。
上記のような前提の上で、「遺産相続をする」という選択肢も勿論あり得ます。月々の返済額が5万円増えてもいいから相続をする、というようなケースです。個人再生の返済期間は原則3年ですが、最大5年の計画でも認められますので、遺産相続をしつつ5年間での弁済計画を作成するという方法もあります。
しかし一方で、もっと資産評価額が高い場合、収入が低い場合など、現実的に遺産相続をしてしまうと個人再生が成立しなくなってしまう、という場合には、相続放棄をするしかありません。
個人再生時に、「相続放棄により財産を受け取らない行為」は法律上でも認められています。相続放棄をすると、もちろん遺産を相続することはできなくなってしまいますが、個人再生の返済額が増えることもなくなります。
「相続放棄により財産を放棄する行為は、個人再生前の不当な財産処分に当たり、詐害行為や否認権行使の対象行為となるのではないか?」という疑問を持たれる方もいるかもしれません。たしかに以前にも、こちらの記事で個人再生前に不動産などの資産を無償譲渡したり、処分する行為は否認対象行為となる旨を説明しました。
・【関連記事】個人再生前に車や不動産の譲渡や名義変更はできる?
しかし結論からいうと、相続放棄に関しては法律上、個人再生の開始決定前後に行っても問題はありませんし、相続放棄により清算価値の額が増えたり、最低弁済額が高額になることはありません。これは昭和49年9月20日の最高裁判決で、「相続放棄のような身分行為については、(再生債権者の利益を害する場合であっても)否認対象にはならない」という判断を下したからです。
身分行為とは、婚姻、離婚、養子縁組、のように身分関係を構築するための行為、またそれによって生じる法律行為のことを指します。相続の放棄も、「相続人になることを放棄する」という意味で、この身分行為に該当しますが、こういった身分行為は本人の自由意思が尊重されるべきもので、借金があるからといって他人が相続を強制するのはおかしい、という判断を裁判所が下したのです。
そのため、遺産相続により個人再生での弁済額が増えてしまって困る、という場合には、相続放棄という方法が一番現実的な解決策になります。
・【関連資料】昭和49年9月20日 最高裁「相続の放棄と詐害行為取消権」の判例
しかし、ここでもう1つ厄介な問題があります。それは、相続放棄の期限はたった3カ月間しかない、ということです。この3カ月の期限の起算は、法律上は「自己の為の相続の開始があることを知った時から」とされていますが、一般的にはこれは親類が「死亡した時」から数えて3カ月です。
後から親の生前に借金があることが発覚した場合等は別ですが、プラスの遺産相続に関しては原則、亡くなった時点から3カ月です。この相続放棄の期限を延長する方法もありますが、これについては後述します。
結構多いケースが、父親の死亡後にも数年間、家や不動産を父親名義のまま放置してしまっているようなパターンです。このような場合には、既に父親の死亡時から3カ月以上が経過してしまっているため、原則、相続を放棄することができなくなります。
このケースのようにまだ相続人同士での遺産分割協議がなされておらず、分割未了のままの状態で個人再生を申立てた場合、財産価値の算定は「法定相続分」で計算して清算価値に含めることになります。
また個人再生の直前、あるいは手続き期間中に、遺産分割協議により自分の相続分を、(法定相続よりも)敢えて少なく相続することは効果がありません。
先ほどの相続放棄とは異なり、遺産分割協議は相続することを決定した上で、財産の分配率について協議する方法であるため、身分行為には該当しません。つまり例えば、遺産分割協議により自分の取り分を0円にして全てを兄に相続したとしても、これは債権者による「詐害行為取消権」や「否認権」により(兄へ余分に譲渡した相続分を)無効にされる可能性があります。
個人再生の場合は、実務上の処理としては、詐害行為取消権や否認権の行使はありませんが、その代わりに該当する財産については清算価値に上乗せして申告しなければいけません。(これを怠ると、裁判所により再生計画が不認可となります)。
つまり、兄弟で500万円の相続財産があるところ、遺産分割協議により自分の相続を0円、兄の相続を500万円に設定したとしても債権者によりこれが否認されるため、結局は法定相続分である250万円を自分の財産として清算価値に計上し、それに基づいて個人再生の最低弁済額を算出しなければならないのです。
先ほどは、相続放棄の意思は法律的に保護される、という趣旨の最高裁の判例を紹介しましたが、この遺産分割協議に関してはその全く逆で、取消権の行使を認めるとする最高裁の判決が出ています(平成11年6月11日)。
この相続放棄と遺産分割協議の違い、については学術的にもさまざまな議論や法律解釈がありますが、ともかく、過去の判例からは、
- 相続放棄 ⇒ 取消権、否認権の対象にならない (財産を放棄できる)
- 遺産分割協議 ⇒ 取消権、否認権の対象になる (財産を処分できない)
という決まりになっています。
相続する財産がある場合で、かつ相続放棄ができない場合には、法定相続分に基づいた財産価値(清算価値)から、個人再生での弁済額を決定する必要がある、ということです。
相続放棄の期限は前述のように、相続ができる財産があると知った時から3カ月、と決まっています。ただし、この3カ月の間に被相続人の財産を調査しても、なお意思決定ができない場合には、家庭裁判所に申し立てることでこの期限を延長することが可能です。
- 関連リンク
- 相続の承認又は放棄の期間の伸長-裁判所ページ
この申立てには理由が必要で、例えば「被相続人の財産が各地に分散していて短期間での査定が困難」「生前に複数の借入先があったらしく、まだ債務額を正確に把握できていない」等の理由を記述し、また何カ月間、期限を伸長して欲しいかを申告します。
このような、相続放棄期限の伸長期間中であっても個人再生を申立てることは可能です。ただし、相続放棄の伸長期間中に個人再生の開始決定がされた場合には、やはり相続放棄が確定しない限りは、法定相続分を基準として清算価値を算出する必要があります。
最後に、再生計画の認可決定が既になされていて、計画弁済がスタートした後に父親等が死亡して、相続財産ができたケースについても説明しておきましょう。
このような場合には、既に個人再生の効力が確定していますので、後から急に相続財産が発生したとしても、それにより再生計画の弁済額が増えたり、再生計画に影響が出るようなことはありません。
例えば500万円の借金を、個人再生手続きにより100万円に圧縮し、その再生計画の認可決定がされた後に、親族が亡くなって300万円相当の財産を相続した場合でも、返済額は3年間で100万円のままで問題ありません。
またケースバイケースではありますが、相続財産を使用して再生計画での弁済額を繰り上げて一括返済してしまうことも可能です。(参考記事:「個人再生五に一括返済や繰り上げ返済はできる?」)