法人破産で使用人兼取締役の未払の役員報酬はどうなる?
会社が破産した場合でも、従業員の未払給料とは異なり、取締役の役員報酬は特別扱いされません。破産手続き上も貸付金や売掛金と同じように、一般の破産債権として扱われます。未払賃金立替払制度を利用することもできませんし、雇用保険の失業手当も支給されません。しかし例外として、使用人兼務取締役の場合は、賃金の部分だけは保護される可能性があります。
うちの夫が勤めてた会社が倒産しちゃって・・・、夫は一応、取締役の1人なんだけど、もう数カ月も役員報酬が未払いなんだよね。
これって破産手続きで優先的に支払って貰えないかなー?
もし従業員の未払給料であれば、財団債権(※)や優先的破産債権として破産手続きの中で優先的に支払って貰える。でも取締役の役員報酬は、他の一般の破産債権と同列にしか扱われないんだ。
金融機関の貸付金とか、取引先の売掛金と同じ扱いってことか。
会社にどのくらい財産が残ってるか不明だけど、せいぜい配当手続きで数パーセント回収できれば御の字だよね。
それに取締役の役員報酬だと、国の未払賃金立替払制度(※)も利用できないし、原則として雇用保険にも加入できないから、失業手当を受け取ることもできない。可哀そうだけど。
その場合は、従業員としての給料部分は、財団債権(※)として優先的に支払って貰える可能性があるよ。破産管財人の証明があれば、未払賃金立替払制度も利用できるし。
でも「労働者の賃金」と「取締役の報酬」との区別は、何を基準に判断するの? 例えば、給与の全額を「役員報酬」の名目で受け取ってたら、実態が労働者でもダメなのかな?
名目が役員報酬でも、実態が労働者であれば「賃金」と認められることはある。例えば、上司の指揮命令下で仕事をしていたり、勤怠管理を受けてたり、他の従業員と同じ就業規則に従ってたり。
例えばタイムカードとかがあって、出勤日数や勤務時間に応じて報酬が計算されている場合は、「労働の対価」として認められやすくなるってことか。他にも労働者と取締役の違いってあるの?
- 取締役の未払いの役員報酬は一般の破産債権になる。他の債権と同列の扱い
- 取締役の場合、原則として未払賃金立替払制度や失業手当は利用できない
- 部長・支店長・工場長などの使用人兼務取締役の場合は、少しだけ例外
- 使用人兼務取締役の報酬は、勤務実態に応じて役員報酬と賃金に区分される
- 労働の対償性が認められる部分は財団債権となり、立替払いも認められる
1.取締役には会社法上は3つのタイプがある取締役の3つのタイプ
2.常務取締役や専務取締役は、従業員とは認められにくい常務や専務取締役の場合
3.使用人兼務取締役って具体的に何なの?使用人兼務取締役って何?
4.執行役員は、一般的にはただの従業員として扱われる執行役員はただの従業員
5.労働者として使用従属性が高いと判断される要素使用従属性が高いとされる要素
6.会社が破産した後の未払の役員報酬を判断するのは誰?判断するのは誰?
7.未払の役員報酬を破産前に支払うと偏頗弁済になる破産前に支払うと偏頗弁済
使用人兼務取締役だと労働者性が認められるの?
名目上は取締役であっても実態が労働者である場合には、その未払いの役員報酬が、従業員の賃金として認められる可能性があります。
従業員の賃金として認められれば、破産手続きの中で優先的に支払って貰うこともできますし、国の未払賃金立替払い制度を利用することもできます。また労働者として雇用保険に加入していれば、失業手当も受給できます。
しかしこの話をするためには、そもそも「労働者と取締役の違いは何か?」「従業員の賃金と役員報酬はどうやって区別されるのか?」という点を理解する必要があります。
取締役と一口にいっても、現実にはさまざまな肩書の取締役が存在します。
例えば、代表取締役社長や、会長、副社長、専務取締役、財務担当取締役、取締役兼支店長、取締役営業部長、などその肩書は会社によって様々です。しかし会社法上は、大まかに言って以下の3タイプの取締役しか存在しません。
取締役の種類
取締役の種類 | 説明 | 肩書の例 |
---|---|---|
代表取締役 | 会社の代表権を有している取締役。会社を代表して単独で契約や取引をすることができ、また現場で従業員に指揮命令をして会社の業務を執行する。取締役会で選任される。人数に制限はなく1人でなくてもいい。 | 社長、会長、副社長など |
業務執行取締役 | 取締役会に出席するだけでなく、実際に現場で陣頭指揮を執って会社の業務を執行する取締役。取締役会の決議で選任される(会社法363条)。3カ月に1回、取締役会で業務執行の状況を報告する義務がある。 | 専務取締役、常務取締役など |
取締役 | 取締役会に出席するのが仕事。取締役会を通じて、会社の経営方針についての意思決定をしたり、上記2つの取締役(代表取締役・業務執行取締役)の仕事を監視・監督する。代表権も業務執行権もない。 | 社外取締役、非常勤の顧問取締役など |
代表取締役 | |
---|---|
説明 | 会社の代表権を有している取締役。会社を代表して単独で契約や取引をすることができ、また現場で従業員に指揮命令をして会社の業務を執行する。取締役会で選任される。人数に制限はなく1人でなくてもいい。 |
肩書の例 | 社長、会長、副社長など |
業務執行取締役 | |
説明 | 取締役会に出席するだけでなく、実際に現場で陣頭指揮を執って会社の業務を執行する取締役。取締役会の決議で選任される(会社法363条)。3カ月に1回、取締役会で業務執行の状況を報告する義務がある。 |
肩書の例 | 専務取締役、常務取締役など |
取締役 | |
説明 | 取締役会に出席するのが仕事。取締役会を通じて、会社の経営方針についての意思決定をしたり、上記2つの取締役(代表取締役・業務執行取締役)の仕事を監視・監督する。代表権も業務執行権もない。 |
肩書の例 | 社外取締役、非常勤の顧問取締役など |
※ 取締役会設置会社の場合
ここで重要なのは、同じ取締役の中でも「代表権」と「業務執行権」がある取締役と、そうではない取締役がいる、ということです。
代表取締役には会社の代表権と業務執行権の両方があります。
業務執行取締役には、代表権はありませんが、会社の業務執行権があります。
どちらでもない取締役には、会社の代表権も業務執行権もありません。
代表権と業務執行権
種類 | 代表権 | 業務執行権 |
---|---|---|
代表取締役 | 〇 | 〇 |
業務執行取締役 | × | 〇 |
取締役 | × | × |
※ 取締役会設置会社の場合
そして少しだけ結論を先に言ってしまうと、原則として、会社の業務執行権や代表権がある取締役は労働者とは認められません。例えば、代表取締役がどんなに自ら労働をしていたとしても、その報酬が賃金として扱われることはありません。
業務執行権とは、実際に自分の裁量で現場の従業員に指示や命令を出したり、取引先と契約をしたりして、具体的な業務を執行する権限のことです。
代表取締役や業務執行取締役は、会社からこの業務執行の権限を委嘱されています。
具体的にいうと、取締役会で選任されて、「現場の舵取りはお願いします」と業務執行を任されているわけですね。(会社法363条)
このことから分かるように、
取締役によっては「業務執行権がない」ことも当然あり得ます。
取締役の本来の仕事は、以下の3つだけなのです。
- 取締役会に参加(出席)して会社の重要な経営方針を決めること
- 代表取締役や業務執行取締役を選んで、業務執行を任せること
- 取締役会で彼らの報告を受けて、業務執行を監視・監督すること
例えば、普段は会社には出勤せずに、取締役会に参加して経営の意思決定にだけ関わる人や、現場の従業員と直接は何の関わりもない人、他の会社の取締役を兼務している人(社外取締役)、などが取締役メンバーにいても構いません。
取締役の仕事は、取締役会に出席して決議をしたり、意見を述べることであり、毎日会社に出勤したり、部下の従業員を持ったり、自ら現場で陣頭指揮を執ることは、必ずしも本来の取締役の仕事ではないのです。
使用人兼務取締役にも、業務執行権がない場合が多い
また使用人兼務取締役の場合にも、業務執行権が与えられていないケースが多々あります。
今回のテーマでは、こちらの方が非常に重要です。
取締役会から委嘱を受けて取締役として現場の陣頭指揮を執っているのではなく、単に(委嘱を受けている)他の代表取締役や業務執行取締役の指揮命令の下で、部下の従業員として、現場責任者の役割を果たしているに過ぎないようなケースです。
このような場合には「業務執行権がない」ということが、労働者として認めて貰う上での重要なプラス材料になることがあります。
要するに、同じように取締役という立場で現場の指揮を執っていたとしても、それが業務執行取締役としての職務なのか、あるいは、名ばかり取締役で、実質的には単に従業員としての労働なのか、で意味合いが変わってくるということです。詳しくは後述 ※ します。
日本企業の場合は、従業員の出世競争のゴールとして取締役になることも多いです。
つまり株主総会で外部から取締役を連れてくるのではなく、従業員からスタートした人間が出世して取締役になることが多いのです。
例えば、主任、係長、課長、次長、部長、常務、専務、副社長、社長、会長、などの社内独自の肩書による序列があり、常務より上の職位を役員と呼んだりします。
社内での肩書き
肩書 | 法律上の地位 |
---|---|
会長 | 取締役 |
社長 | |
副社長 | |
専務 | |
常務 | |
部長 | 従業員 |
次長 | |
課長 | |
係長 | |
主任 |
しかし社長や専務といった肩書は、法律で定められた地位ではありません。
前述のように、会社法上は、取締役には「代表取締役」「業務執行取締役」「取締役」の3つしかありません。あとは労働基準法上の「従業員」です。
一般的には常務より上の職位の人が、登記簿上も取締役として役員登記されることが多いです。
ですが、これはあくまで会社によります。
当然ながら、社内で肩書をどのように付けるかは各会社の自由です。いくら社内で「常務」「役員」と呼ばれていても、登記簿上、取締役として登記されていなければ、ただの従業員です。
代表権の有無も肩書ではわからない
同じように、会社の代表権を有しているかどうかも肩書だけではわかりません。
一般的には、専務以上の取締役には会社の代表権が与えられていることが多く、その場合には、登記簿には「代表取締役」と登記されます。
一方で、常務に代表権があるかどうかは会社によります。
もし代表権がなければ、ただの業務執行取締役ということになります。
代表権の有無(例)
肩書 | 法律上の地位 |
---|---|
会長 | 代表取締役 |
社長 | 代表取締役 |
副社長 | 代表取締役 |
専務 | 代表取締役 |
常務 | 業務執行取締役 |
ここで業務執行取締役、代表取締役として登記されるような地位(常務より上の役職)に就いている場合、基本的には労働者としては認められません。前述のように、原則として業務執行権や代表権があると労働者とは認められないからです。
一方、ここに登場しない使用人兼務取締役(例えば、「平取締役」や「名ばかり取締役」)の場合は、実質的には労働者であると認められることがあります。
使用人兼務取締役とは、従業員の地位と取締役の地位の両方を法律的に兼ね備えている取締役のことをいいます。
例えば、支店長、工場長、部長、など、従業員として高い位(現場責任者レベル)にいる者が、その職務を継続したまま、形だけ登記簿上の役員になるようなケースです。「名ばかり取締役」ということもあります。
従業員と取締役には、以下のような違いがあります。
使用人兼務取締役は、その両方の性質を併せ持っています。
従業員と取締役
項目 | 従業員 | 取締役 |
---|---|---|
契約関係 | 雇用契約 | 委任契約 |
対価報酬 | 賃金(給料) | 役員報酬 |
働き方 | 上司の指示命令 | 株主からの委任 |
常勤の必要性 | あり | 原則なし |
勤務時間の拘束 | あり | なし |
就業規則の適用 | あり | なし |
契約関係 | |
---|---|
従業員 | 雇用契約 |
取締役 | 委任契約 |
対価報酬 | |
従業員 | 賃金(給料) |
取締役 | 役員報酬 |
働き方 | |
従業員 | 上司の指示命令 |
取締役 | 株主からの委任 |
常勤の必要性 | |
従業員 | あり |
取締役 | 原則なし |
勤務時間の拘束 | |
従業員 | あり |
取締役 | なし |
就業規則の適用 | |
従業員 | あり |
取締役 | なし |
従業員の立場で、労働の対価として会社から受け取る金銭は、すべて「賃金」という扱いになります。
もし会社側が、最初から「給料」と「役員報酬」の名目でそれぞれ別々に支給してくれていれば、話は分かりやすいです。(この場合、もし役員報酬の金額が給料を上回っていると、労働者とは認められない場合が多くなります)
しかし全額を役員報酬として受け取っている場合には、「実質的に従業員として仕事をしている部分」の割合に応じて、一定割合を賃金とみなすことができます。このとき、使用従属性が高いかどうかが重要な判断要素になります。
労働者性ともいう。形式的な肩書ではなく、実質的に労働者(使用人)として認められる性質のこと。例えば、就業規則の適用を受けている、他の従業員と同じく給与規程に基づいて報酬額が計算されている、タイムカードで出勤管理をしている、などの事実は、使用従属性を補強する材料となる。
どのような条件が揃うと使用従属性が高いと判断されるかは、後述 ※ します。
平取締役というのは、法律上の用語ではありません。
単に、常務や専務などの肩書がついた取締役のことを「役付取締役」といい、それらの役職のついていない取締役のことを「平取締役」といいます。
例えば、「営業担当取締役」という肩書であれば、役付取締役で、会社法上は業務執行取締役かもしれません。一方、「取締役営業部長」という肩書であれば、平取締役で、法律上は使用人兼務取締役かもしれません。
実際の法律上の地位は、会社の登記簿を見たり、勤務実態と照らし合わせてみなければわかりません。
ですので、単に「社内で平取締役と言われている」というだけで従業員と認定されるわけではありません。しかし従業員としての勤務実態がメインであれば、使用人兼務取締役とみなされる可能性は高いと思います。
もう1つややこしいのが「執行役員」という肩書です。
例えば、「常務執行役員」なんて肩書がついてしまうと、かなり実態がわかりにくくなります。
執行役員というのは、肩書こそ「役員」と付けられていますが、一般的には従業員としての最高職を意味します。つまり登記簿上の取締役ではなく、ただの従業員です。
役員として登記もされませんし、取締役会のメンバーでもありません。
取締役会に出席して会社の意思決定に関与したり、決議することも当然できません。あくまで現場で業務執行に専念する立場であり、日本的な役職でいえば、部長と取締役の中間のようなポジションを意味します。
そのため、原則として執行役員の給与は全額が賃金になります。
ちなみに執行役員という地位も、会社法上は存在しません。
ただし会社法362条の「支配人その他の重要な使用人」に該当するというのが通説です。そのため、選任・解任には取締役会の決議を要します。
※注)なお、委員会等設置会社における「執行役」と、ここでいう取締役会設置会社の「執行役員」とは、文字だけは似ていますが、全く異なるものです。ただし日本では、委員会等設置会社の仕組みを導入している企業が少ないのでここでは説明を省略します。
- 「代表権」や「業務執行権」のある取締役は、一般的に労働者とは認められにくい。例えば、代表取締役が自ら労働に従事しててもダメ。
- 専務取締役、常務取締役などの役付取締役も、一般的には業務執行権があるため、労働者とは認められにくい。
- 工場長、支店長、部長などの使用人兼務取締役は、部分的には労働者として認められる可能性がある
- 執行役員は、従業員の最高位として使われる役職であり、取締役ではない。
そのため、一般的には労働者として認められる - 役員報酬と給料の両方が会社から支給されている場合は、給料部分のみが賃金になる。役員報酬が給料を上回っていると、労働者とは認められにくい。
- 役員報酬と給料の区別がされていない場合は、実際の勤務実態に応じて割合的に賃金部分を認定する必要がある。
では次に、取締役工場長などの使用人兼取締役が、どのような要素を満たしていれば、労働者として認められやすくなるか?(難しい言葉でいうと、労働者性や使用従属性が高いと判断されるか?)を解説していきます。
どのような要素が揃うと使用従属性が認められるの?
労働基準法では、賃金の定義について、「名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのもの」と定められています(労働基準法11条)。
つまり役員報酬の名目で支給されていたとしても、実質的に雇用関係が認められて、「使用者の指揮命令の下で労働を行い、その対価として報酬を受け取っていた事実」が認められれば、その部分については賃金として扱われます。
一般的には、以下のような材料があると使用従属性が高いと判断されます。
つまり、実質的には労働者であると認められやすくなります。
- 上司の指揮命令下にあり、裁量の範囲が狭い
- 仕事内容の諾否の自由がない
- 勤務場所や始業、終業時間に拘束がある
- 就業規則や給与規程の適用を受ける
- 労働時間や日数に応じて賃金が支給される
- タイムカード等で出勤管理を受けている
- 欠勤や残業によって給与額に変動がある
- 退職金制度や福利厚生の適用がある
- 雇用保険に加入している
- 賃金台帳、労働者名簿、出勤簿等の資料がある
- 従業員時代と権限や職務内容があまり変わってない
- 取締役会の開催等がなく出席もしていない
- 取締役としての代表権も業務執行権もない
- 他の従業員と比較して給与が著しく高額でない
一般的にいうと、「仕事を選ぶことができない」「上司の指揮命令下にある」「労働時間や場所に拘束される」「就業規則などの適用を受ける」というのは、典型的な従業員(使用人)の性質です。
特にタイムカードで毎日の出勤状況を管理されて、勤務時間に応じて給与が支給されるというのは、明らかに「労働」です。このような働き方は、取締役としての委任契約には馴染みません。委任契約というのは、仕事単位での成果報酬が原則だからです。
逆に以下のような要素が揃っていると、使用従属性が否定されやすくなります。
つまり「従業員というよりは、むしろ事業者側だな」と判断されやすくなります。
- 代表者の配偶者である
- 代表者と生計を共にする同居親族である
- 会社の株式を保有している
- 会社に出資していたり貸付金がある
- 自ら仕事用の機材等を購入し所有している
- 場所や時間の拘束管理がない
- 役員報酬が従業員給与に比べ明らかに高額
- 毎日会社に出勤していない(非常勤)
- 自らの仕事を他人に委託できる(代替性)
- 所得の全額を役員報酬として受け取っている
一番最後の「全額を役員報酬として受け取っている」は、先ほどと矛盾して聞こえるかもしれませんが、やはり労働者性が低いと判断される1つの要素にはなってしまいます。
しかしそれでも、全額を役員報酬として受け取っているからといって、それだけで当然に労働者性が否定されるということにはなりません。
やはり働き方の実態などから総合的に判断されます。
例えば、厚生労働省の労災認定でも、全額を役員報酬として受給していた取締役兼工場部長が労働基準法上の「労働者」として認められ、療養補償給付がなされた事例があります(平成14年 労第166号労働者資格関係事件・取消-参考リンク)
会社が破産した後の未払の役員報酬を判断するのは誰?
さて、尋常ではなく前置きが長くなってしまいましたが、本題です。
会社が破産した場合に、その使用人兼務取締役に労働者性があったかどうか、未払の役員報酬の一部が賃金として認められるかどうか、を判断するのが誰なのか?という問題です。
簡単にまとめると以下になります。
判断項目 | 判断する人 |
---|---|
財団債権 | 未払の役員報酬の一部に労働者性があると判断し、財団債権(または優先的破産債権)として認定するのは、破産管財人 ※ です。 |
立替払制度 | 未払賃金立替払い制度を運用するのは、独立行政法人「労働者健康安全機構」です。しかし立替払いを受けるためには、その金額について破産管財人の証明が必要です。つまり、立替払いの可否を判断するのも破産管財人です。 |
失業手当 | 失業手当の受給手続きを行うのはハローワークです。受給条件として雇用保険に加入している必要がありますが、この加入審査に辺り、労働者性があるかどうかを判断するのもハローワークです。 |
このように、未払の役員報酬のうち一部を給料(賃金)と認めるかどうかを判断するのは、主に破産管財人の仕事になります。
財団債権 ※ として優先的に支払を受けるにしても、未払賃金立替払制度を利用して立替て貰うにしても、事実上は、破産管財人の判断が必要です。なので、まずは破産手続きに参加して債権届出 ※ をした上で、破産管財人に相談してください。
立替払制度については、破産管財人が「使用人兼務役員を労働者として認め、破産手続きの債権認否でもそう扱っていることの証明書」を提出することで、労働者健康安全機構から立替払いがなされる、という手順になっています。
一方、失業手当を受給できるかどうかを決めるのはハローワークです。
そもそも前提として、雇用保険に1年以上加入していないと失業手当は受給できません(参考記事)。ですが、取締役が雇用保険に加入するためには、事前に「兼務役員雇用実態証明書」を提出して、使用人兼務取締役であることを申請しておく必要があります。
つまり事前に「労働者である」ことを認定して貰った上で、1年以上、雇用保険に加入しておかないと失業手当は受給できません。
しかし実際には、従業員のときに雇用保険に加入したまま、取締役に昇格した後も何の手続きも取らずに継続加入しているケースが少なくありません。
つまり本来は、従業員から取締役に昇格した時点で、ハローワークに対して資格喪失の手続きを取るか、または前述の「兼務役員雇用実態証明」を提出する必要があるのですが、それをしていないケースも多い、ということです。
この場合は、失業の時点で「兼務取締役に労働者性があったかどうか?」の判断がなされることになります。
雇用保険と労災保険の「労働者」の認定基準
ちなみに、雇用保険や労災保険の加入にあたっての「労働者性の判断基準」は、厚生労働省のページでも公開されています。以下、その基準を引用して紹介しておきます。
認定基準
保険の種類 | 加入条件 |
---|---|
労災保険 |
|
雇用保険 |
|
引用元:厚生労働省(労働者の取扱い-例示)
このように雇用保険と労災保険だけでも、微妙に「労働者」としての認定基準が違うことがわかります。といっても、概ね言ってることは同じですが。
破産会社に勤務していた取締役の中には、会社のために、もう何カ月も無償で必死に働いてきた方もいるかもしれません。
さらに雇用保険にも加入しておらず、失業手当も貰えないとなると、せめて最後に未払の役員報酬を少しだけ受け取っておきたい、と考える気持ちはわかります。「それくらい受け取ってもバチは当たらないだろう」と思うかもしれません。
しかし前述のように、未払の役員報酬は原則として、ただの一般の破産債権です。
ですので、他の債権よりも優先して破産手続きの前に受け取ることはできません。
破産手続きの前に役員報酬だけを支払う行為は、一部の債権者だけに優先的に返済をするのと同じですから、偏頗弁済 ※ と見なされて、破産手続き開始後に、破産管財人に否認される可能性があります。
使用人兼務取締役の場合は、一部を賃金として認めて貰える余地はあるかもしれませんが、そのためには前述のように破産管財人の判断が必要です。
そのため、どちらにしても破産手続きの開始を待った上で、適切に対応する必要があります。
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