生活保護の不正受給による返還金は破産で免責される?
生活保護で不正受給があった場合、受給した生活保護費は福祉事務所に返還しなければなりません。ただ、一口に「不正受給」といっても、生活保護法上は、63条に基づく「返還金」と、78条に基づく「徴収金」の2種類があり、このどちらが適用されているかで、自己破産時の扱いが大きく異なります。生活保護費の「返還金」の場合は、自己破産により返還請求権は免責になるので、支払い義務がなくなります。一方、「徴収金」の場合は 非免責債権※になりますので、自己破産手続き後も支払い義務が残ります。
生活保護で不正受給があった場合って、不当に多く受け取った分は返還しないとダメだよね。この生活保護費用の返還義務って自己破産したらどうなるの? やっぱり、免責はされないのかなー?
不正受給といっても、悪質かどうかで「自己破産時に免責されるかどうか?」も変わってくるのか。でも「悪質かどうか?」の判断はどうやってするの? どういう場合が「悪質」と判断されるのかな?
- 生活保護費を不正受給した場合の費用の返還義務には法律上、2種類ある
- 悪質性が低い場合は生活保護法63条の返還金、悪質な場合は78条の徴収金
- 返還金の請求権は、一般の破産債権と同じなので、自己破産で免責になる
- 徴収金の請求権は、国税等と同じ扱いなので非免責債権になる
- 返還金の場合は、自己破産直前の返済は偏頗弁済になるため、原則禁止
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1.生活保護の返還金(63条)と徴収金(78条)の違いは?
2.具体的にどんなケースが「返還金」「徴収金」になるの?
3.返還金や徴収金が自己破産で免責になるかどうかの議論
4.返還金は自己破産の直前は返済してはいけない?
5.自分が63条と78条のどちらで返還請求されているか不明な場合
生活保護の返還金(63条)と徴収金(78条)の違い
いわゆる生活保護の「不正受給」とは、生活保護費を受け取るべきでない人が不当に生活保護を受給すること全般をいいます。生活保護費は国民の税金から支払われているものですから、不正に受給した生活保護費は、返還しなければいけません。
当然、悪質な場合には生活保護費の支給が廃止になったり、最悪、詐欺罪で起訴される可能性もあります。
しかし一方で、不正受給といっても実際にはそこまで悪質ではないケースもあります。例えば、保険の解約返戻金や障害年金の受給権があることを本人も知らなかった場合や、世帯の家族(息子など)が申告義務をよく理解しておらず、気付いた後にすぐ申告した場合、などです。
そのため、同じ生活保護費の返還でも、生活保護法上は、63条の「返還金」を適用する場合と78条の「徴収金」を適用する場合の2種類があり、福祉事務所は悪質性や過失の度合いに応じて、どちらを判断して適用することになります。
以下、生活保護の返還金(63条)と徴収金(78条)の違いを簡単に図表にしてみました。
返還金と徴収金
返還金 | 徴収金 | |
---|---|---|
法律根拠 | 生活保護法63条 | 生活保護法78条 |
適用条件 | 不正受給する意図がなかった、自分から収入を申告した、福祉事務所の調査に誠実に対応した、収入を申告できなかった正当な理由があった場合 | 明らかに不正受給を意図していた場合。福祉事務所やケースワーカーに虚偽の説明や申告をしたり、指示があったにも関わらず説明や申告をしなかった場合 |
返還金額 | 原則、全額。ただし一部の条件で自立更生費等の控除が認められるため、結果として返還額が大きく減る可能性がある。 | 全額を返還しなければならず、控除は認められない。さらに追加で最大40%まで徴収額が上乗せされる可能性がある。 |
請求方法 | 催告書や請求書による請求しかできない。生活保護の支給額から天引きすることは認められない。 | 本人の同意があれば、生活保護の支給額から(最低生活費の1割を限度に)天引きすることができる。 |
自己破産 | 一般の破産債権と同じ扱いなので、自己破産をすると免責される。自己破産後の支払い義務はなし。 | 国税徴収の例により徴収することができるため、破産法253条1項の非免責債権になる。自己破産後も支払義務が残る。 |
返還金 |
---|
生活保護法63条 |
適用条件 |
不正受給する意図がなかった、自分から収入を申告した、福祉事務所の調査に誠実に対応した、収入を申告できなかった正当な理由があった場合 |
返還金額 |
原則、全額。ただし一部の条件で自立更生費等の控除が認められるため、結果として返還額が大きく減る可能性がある。 |
請求方法 |
催告書や請求書による請求しかできない。生活保護の支給額から天引きすることは認められない。 |
自己破産 |
一般の破産債権と同じ扱いなので、自己破産をすると免責される。自己破産後の支払い義務はなし。 |
徴収金 |
生活保護法78条 |
適用条件 |
明らかに不正受給を意図していた場合。福祉事務所やケースワーカーに虚偽の説明や申告をしたり、指示があったにも関わらず説明や申告をしなかった場合 |
返還金額 |
全額を返還しなければならず、控除は認められない。さらに追加で最大40%まで徴収額が上乗せされる可能性がある。 |
請求方法 |
本人の同意があれば、生活保護の支給額から(最低生活費の1割を限度に)天引きすることができる。 |
自己破産 |
国税徴収の例により徴収することができるため、破産法253条1項の非免責債権になる。自己破産後も支払義務が残る。 |
実際の条文は以下をクリックすると確認できます(長いので非表示にしています)。
>>生活保護法63条、78条の条文を確認する(※クリックで開く)<<
このように一括りに「生活保護の不正受給」といっても、返還金になるのか、徴収金になるのか、で全然、扱いが違ってきます。
返還金であれば、全額の返還を必要とされないケースも多く、また生活保護の支給費から天引きされる心配もありません。その後に自己破産をすれば、返還義務も消滅します。
一方、徴収金の場合は、全額の返還に加えて最大40%の徴収金の上乗せの可能性があり、さらに一括で返還できない場合は、月々の生活保護費から天引きで徴収されます。また、徴収金は自己破産をしても免責にはなりません。
不正受給の返還請求にあたって、「63条を適用するか?」「78条を適用するか?」については、実際には現場の福祉事務所の裁量や判断で決定されることも多いです。
一応、生活保護の行政実務では、以下の基準を目安に判断されています。
(1)被保護者に不当に受給しようとする意思がなかったことが立証される場合で、届出または申告を速やかに行わなかったことについてやむを得ない理由が認められるとき
(2)実施機関および被保護者が予想しなかったような収入があったことが、事後になって判明したとき。
78条を適用すべきケース
(1)届出または申告について、口頭または文書による指示をしたにもかかわらず、それに応じなかったとき。
(2)届出または申告にあたり明らかに作為を加えたとき
(3)届出または申告にあたり特段の作為を加えない場合でも、実施機関またはその職員が、届出または申告の内容等の不審について説明等を求めたにもかかわらず、これに応じず、または虚偽の説明を行ったようなとき。
例えば、63条適用(返還金)の典型的なケースとしては、年金の遡及受給があります。
遡及受給とは、過去に年金の受給資格があったにもかかわらず受給していなかった分の年金を、過去の分まで遡って請求することをいいます。
例えば障害年金の場合、障害認定日を過ぎればいつでも障害年金を請求できますが、この障害認定日というのが非常にわかりにくく、また障害年金の制度自体を知らない方も多いため、しばしば受給漏れが発生します。
そういった場合でも、過去に受給しそびれた年金は、5年分までは遡って請求することができます。(消滅時効が5年のため、5年以上昔のものは請求できません)
しかし、もし障害年金の受給申請をせずに生活保護費を受け取っていた場合は、その間の生活保護費は返還しなければなりません。
例えば、平成26年4月から平成27年4月にかけて1年間、生活保護を受給していたとします。その後、「実は平成25年4月から障害年金の受給権があった」ことが判明したとしましょう。
この場合、過去の障害年金を一括で遡及受給できる代わりに、1年間受給していた生活保護費は全額、返還する必要があります。
本来、年金など他の保障が受けられる場合は、他の手当てを優先すべきであり、生活保護を利用してはいけません。
なので、これも広義では不正受給と言えなくもないですが、「本人も気づいていなかった」「気付いてすぐ申告した」場合には、悪質性が全くありませんので63条適用による返還金の扱いとなります。
他にも、生活保護の受給前から生命保険に加入していて、多額の解約返戻金があるのに本人も気づいていなかったケース、解約返戻金を得たときにちゃんと収入申告したケース、等も「返還金」の扱いになります。
また交通事故による補償金(慰謝料や保険金)を受け取った場合も、交通事故に遭遇したのが生活保護の申請より前であれば、受給した生活保護費の返還を求められる可能性があります。
63条適用のよくある例
- 各種年金の遡及受給等
- 生活保護申請前の交通事故の補償金(慰謝料や保険金)
- 住宅などの資産の売却
- 生活保護申請時に気付かなかった資産の判明
- 保険の解約返戻金等
63条の本来の趣旨は、「資力があるがすぐに現金化することが難しい人」でも、とりあえず生活保護を受給して直近の生活が賄えるようにしてあげて、後で資産の換金ができた時に生活保護費を返して貰う、というものです。
そのため、「不動産を売却する予定の人」「保険金が貰える予定の人」でも生活保護を受給することができますが、資力が復活した場合には、生活保護費を返還する必要があります。
逆に、78条適用の「徴収金」の例で最も多いのは、やはり「労働収入の無申告」のケースです。
生活保護を受給しておきながら、こっそりアルバイト等で給与所得を得ていて、かつその収入を申告しなかった場合は、典型的な「不正受給」になります。
もちろん無申告の場合だけでなく、実際の所得よりも少なく申告する過少申告のケースも同じです。「少なく申告する」というのは、不正受給の意図が明確ですから、間違いなく徴収金の扱いになるでしょう。
このような無申告の収入は、福祉事務所への収入申告と、課税庁(所得税)が把握している収入額とのズレで発覚するケースが多いです。
労働収入は、正直に申告していれば一定の勤労控除などが受けられますので、ちゃんと申告した方が得なように出来ています。また、生活保護法の改正により、福祉事務所の調査権限も拡大していますので、収入を隠してもいずれバレる可能性は高いです。
あまりに悪質な場合は徴収金になるだけでなく、生活保護の打ち切り(廃止)になります。必ず正直に申告しましょう。
他にも生活保護の開始決定後に、年金や保険金の受給があって、それを「意図的に申告しなかった場合」は78条適用になる可能性は十分あります。要は入金があるにも関わらず、意図的に収入申告をしなかった場合や、虚偽の申告をした場合が、原則、徴収金の対象になります。
78条適用のよくある例
- 給与・アルバイト代など労働収入の無申告
- 年金等、各種手当の給付の無申告
- 預貯金、資産収入(不動産収益など)の無申告
- 世帯人数や居住地の虚偽申告
- 住宅扶助の目的外使用
なお、なかには「不正の意図があったかどうか?」について明確な線引きが難しいケースもあります。
例えば、生活保護申請者の世帯の息子などが、知らずにアルバイトをしていて収入申告をしていなかったケースで、世帯主が気付いた後は、ちゃんと自己申告をして保護費の返還にも積極的に応じる姿勢がある場合、などです。
法律の趣旨としては、このような場合でも本来は73条を適用すべきとされています。つまり「意図的な不正か?」「単なる過失やミスか?」に関わらず、生活保護者のせいで不正受給となった場合には「78条適用をすべき」という意見です。
しかし実際の運用としては、「不正の意図があったかどうか?」についてケースごとに、現場の福祉事務所に判断の裁量がゆだねられています。
本人に不正の意図がなかった場合や、悪質性が低い場合には、厳密にいえば78条適用になるケースでも、63条の返還金扱いで済ませて貰える場合もあるようです。
返還金や徴収金が自己破産で免責になるかどうかの議論
この生活保護の不正受給による返還請求が、自己破産で「免責になるかどうか?」は昔から議論がおこなわれており、平成26年の生活保護法改正までは、「返還金も徴収金も、どちらも自己破産で免責になる」というのが通説でした。
これについては、2008年の以下の弁護士会の意見書が参考になると思います。
この意見書を要約すると、「63条の費用返還請求権も、78条の費用徴収債権も、どちらも破産法上は一般債権と同じ扱いなので、どちらも原則として免責される。徴収金について、非免責債権であるとの主張がしたければ、別途、訴訟によって非免責債権かどうかを争い、確定判決を得る必要がある」という内容です。
そのため、最近までは、返還金であれ徴収金であれ、「自己破産をすれば免責されて支払義務がなくなる」という状態であり、63条適用か78条適用かをそこまで気にする必要はありませんでした。
生活保護法の改正
しかし、平成26年7月1日の生活保護法改正により、生活保護の不正受給に対する姿勢がかなり厳しくなりました。
例えば、生活保護法の改正により、悪質な不正受給があった場合の罰金の上限が100万円に引き上げられた他、78条の「徴収金」については最大40%まで請求額を上乗せして返還請求することが可能になりました。また、取立てにあたって(本人の同意があれば)毎月支給される生活保護費からの天引きが可能になりました。
それらの法改正の一貫として、78条の徴収金については非免責債権となりました。そのため今後は、「63条の返還金の残債は自己破産で免責されるが、78条の徴収金については免責されない」という判断になります。
具体的に「生活保護法の改正でどの条文が変更になったのか」を解説します。少し長くなるため非表示にしていますが、興味のある方は以下をクリックしてください。文章が表示されます。
>>徴収金が非免責債権になった法律上の根拠を確認する(※クリックで開く)<<
なお、生活保護法63条の「返還金」については、生活保護法の改正後も特にこのような変更はありませんので、今まで通り一般の破産債権と解釈されます。そのため、自己破産の免責が確定されれば、返還義務がなくなります。
返還金は自己破産の直前は返済してはいけない?
このように生活保護法63条の「返還金」は、あくまで優先順位においては他の破産債権と同じですので、生活保護費の返還金だけを破産手続きにおいて特別扱いすることはできません。
そのため一般論としていえば、自己破産手続きの直前(弁護士と正式に委任契約を交わし、受任通知が送付された後)は、一切、どの債権者にも返済をしてはいけません。
このように特定の債権者だけに返済する行為を「偏頗弁済」といいますが、偏頗弁済をすると、破産手続きの開始後に裁判所によって否認される可能性があります。
実際に福祉事務所への63条返還金の弁済について、破産管財人が訴訟をおこして、否認対象行為として認められた判例があります。以下、平成22年の東京地裁判決を一部引用しています。
>>平成22年10月27日東京地裁判決を確認する(※クリックで開く)<<
難しい言葉が並んでいますが、つまりは「生活保護法63条に基づく返還請求権が、破産手続き上、特別扱いされるべき法律上の根拠はない」という判決です。
このように破産手続きの直前に、福祉事務所への返済のみを優先した場合、破産管財人から「それは破産者全員の財産なので、返還してください」と、破産財団への返還請求を受ける可能性があります。
そのため、もし偏頗弁済がなければ 同時廃止 で済んでいたかもしれないところが、偏頗弁済があるせいで破産管財人が選任されて、管財事件になってしまう可能性もあるのです。
ただ、これはあくまで63条返還金の話です。非免責債権にあたる78条徴収金の場合は、特に弁済を継続していても問題にならない可能性もあります。この辺りの判断は難しい法律知識が必要になりますので、自分で判断せずに弁護士に相談してください。
生活保護受給者のなかには、「自分が63条(返還金)と78条(徴収金)のどちらで返還請求を受けているのか、よくわかっていない」という方もいるかもしれません。
そういう場合は、福祉事務所からの「通知書」「催告書」等を確認すれば、どちらの条文(法的根拠)に基づく請求かが記載されています。まずは手元の福祉事務所からの書類を確認してください。
例えば、地域にもよりますが、最初の決定通知は以下のような件名で届くことが多いです。
決定通知書の例
- 生活保護法63条(費用返還義務)適用及び同法同条による返還金決定通知書
- 生活保護法78条(費用の徴収)適用及び同法同条による徴収金決定通知書
また決定通知書以外の催告書や請求書でも、根拠となる条文は記載されているはずです。もし記載されていない場合は、ケースワーカーの方に確認してください。
なお、生活保護費の支給額から天引きされている場合は78条の徴収金のはずです。支給額からの天引きが認められているのは徴収金だけ(生活保護法78条3項)であり、63条の返還金を支給額から天引きすることは、法律上、認められていません。
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