仮差押えで債権者が供託した担保金を取戻す方法

仮差押命令を裁判所に出して貰うためには、先に1~3割の担保金を法務局に供託する必要があります。ところがこの供託した担保金は、意外と取戻しの手続きがややこしいのが難点です。供託した担保金を取戻すためには、まず裁判所に「担保の取消し」を申し立てて、担保取消決定を受けた上で供託原因消滅証明書という書類を発行して貰う必要があります。この記事では、裁判所に担保取消決定を受ける方法について解説します。

仮差押えの際に預けた担保金を取戻すには?
ねえねえ、先生ー!
仮差押えの申立てをしたときって、裁判所に担保金を供託するよう言われるよね。(参考記事このとき供託所に預けた担保金って、どうやって取戻せばいいの?
まずは裁判所に「担保の取消し」を申立てる必要があるね。つまり「もう担保が必要なくなった」ということを裁判所に申立てて担保取消決定をだして貰わないと、供託所も担保金を返してくれないからね。まず担保を取消す必要がある。
なるほどー。
でも仮差押えの担保金は、相手のもしもの損害賠償請求のために準備しているわけだから、債権者さんが勝手に取り消すことはできないんじゃないの?
そうなんだ。だから担保取消決定が認められる場合というのは、(1)裁判で勝訴して債権が確定したとき、(2)相手が担保を取消すことに同意したとき、(3)相手が損害賠償請求権を催告した期限内に行使しなかったとき、の3つだね。
ふむふむ。
じゃあ仮差押えした後に提起した本訴訟で、ちゃんと勝てば、基本的に問題ないってことだね。訴訟の途中で 裁判上の和解※ をした場合でも大丈夫なの?
和解条件が全面的な勝訴に近い内容であれば大丈夫だよ。その場合は、確定した判決正本や和解調書を裁判所に提出すれば、担保取消決定が貰える。ただし訴訟前や裁判外で和解した場合は、(2)の担保取消しについての同意書をちゃんと貰っておくことが大事だね。
  • 仮差押えの担保金を取戻すためには、まず裁判所の担保取消決定が必要になる
  • 仮差押えを取り下げたとしても、必ずしも担保金が取戻せるとは限らない
  • 仮差押後の訴訟で勝訴した場合は、判決正本を提出すれば、担保取消しが可能
  • 裁判の開始前や途中でも、相手が担保の取消しに同意すれば、取消しは可能
  • 相手が担保取消に同意しない場合は、権利行使の催告による同意の擬制が必要

裁判所から仮差押えの担保取消決定を貰うまでの流れ

一度、仮差押えの担保として供託したお金は、それほど簡単に取り戻せるわけではありません。例えば、何かの事情で仮差押えを取り下げたとしても、それだけで自動的に担保金が返ってくることはありません。

供託所に預けた担保金を取戻すためには、仮差押えの手続きとは別に、裁判所に「担保の取消し」という手続きを申し立てて、裁判所から「担保取消決定」という決定を受ける必要があります。

担保を取戻すには裁判所の担保取消決定が必要-説明図

この担保取消決定を受けることができれば、裁判所が「供託原因消滅証明書」といって、「そもそも供託を必要としていた原因がもうなくなりました」という公的な証明書を発行してくれます。

この裁判所が発行した「供託原因消滅証明書」を供託所(法務局)に持っていかないと、供託所は預けた担保金を返してくれません。

担保金を取戻すまでの流れ(全体像)

つまり手順としては、まず(1)裁判所に担保の取消しの申立てをして、(2)裁判所に担保取消決定を受ける、(3)担保取消決定が確定したら裁判所に「供託原因消滅証明書」を発行して貰う、(4)供託原因消滅証明書を供託所に提出して担保金を返して貰う、という流れになります。

供託した担保金を取戻すまでの流れ-説明図

なお実務上は、(1)~(2)の手続きはまとめて申請することが多いです。

さて、具体的な手順を解説する前に、まず「そもそも何で仮差押えに担保が必要なのか?」を復習しておきます。この前提理解がないと、これからの話がわからないはずです。





そもそもなぜ仮差押えに担保が必要なのか?の復習

そもそも仮差押えに担保が必要なのは、仮差押えが「相手の同意なく、まだ裁判で確定する前の債権を根拠として、いきなり相手の財産を保全する手続き」だからです。

例えば、銀行預金の仮差押えをすると相手は何の通達もなくいきなり銀行預金からお金が引き落とされてしまいます。不動産の仮差押えであれば、相手は裁判が終わるまでその不動産を売却してお金に換えることができなくなってしまいます。

銀行預金を仮差押えした場合の効力-イラスト

もちろんその後、裁判をして債権者が勝てば何の問題もありません。仮差押えで保全した財産を強制執行できますので、「仮差押えしておいて良かった」というだけの話です。

しかし債権者が負けてしまった場合は大変です。例えば、慰謝料請求をして訴訟をおこしてみたものの、裁判所に「不法行為は存在しない」といって請求を棄却されてしまった場合、債権者は相手の財産を何の理由もなく仮差押えしていたことになってしまいます。

この場合、債権者は、逆に債務者に対して損害賠償責任を負うことになります。

違法な仮差押えだった場合は損害賠償責任を負う-イラスト図

このように「違法に仮差押えをしてしまう可能性」を考慮して、裁判所は仮差押えをする際に、必ず担保金を提供するように求めます。これについては以下の記事でも詳しく解説しています。

つまり仮差押えの担保金を取戻すためには、大筋の方向性として「相手に損害賠償請求権が生じる心配がなくなったこと」を裁判所に示す必要があるのです。以下、具体的にその方法について解説していきます。

まず裁判所から「担保取消決定」を出して貰う方法

さて、仮差押えの担保金を取戻すために、まずは裁判所に担保の取消しを申立てないといけない、ということは説明しました。

この担保の取消しは、「債権者が希望して申立てれば、無条件に認められる」という類のものではありません。担保取消決定を受けるためには、以下の民事訴訟法79条で規定されている「担保の取消し」の要件を満たさなければならないのです。

【担保の取消し】

(1)担保を立てた者が担保の事由が消滅したことを証明したときは、裁判所は、申立てにより、担保の取消しの決定をしなければならない。民事訴訟法79条

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この条文に記載されている内容は、まとめると以下の3つになります。この3つのパターンのどれかでないと、裁判所は担保取消決定を出さないということです。(つまり3つのどれかに当てはまる場合しか、担保金を取戻すことはできません)

担保取消しの要件

  • 担保事由が消滅したことを証明する書類を提出する
  • 債務者が担保取消しに同意する同意書や和解調書を提出する
  • 債務者に一定期間内に損害賠償請求するよう催告する

 
しかしこれだけ読んでも意味がわからないと思います。

凄く簡単にいうと、1つ目は「仮差押え後の裁判で勝訴した場合」、2つ目は「仮差押え後に相手が慌てて支払うなどで和解した場合」、3つ目は「仮差押え後の裁判で敗訴して、債権の存在が否定された場合」の、それぞれの要件ということになります。

以下、3つのパターンを順番に詳しく解説していきます。

担保事由の消滅を証明する

1つ目は「担保金がもう必要なくなった」ということを裁判所に証明して、担保取消決定を貰うという方法です。

担保が必要なくなったというのは、つまり「仮差押えが正当な理由に基づくものだった」ということが確定して、「債務者に損害賠償される心配がなくなった場合」ということを意味します。

これは要するに、仮差押え後に債権者が訴訟をおこして勝訴した旨の判決が確定した場合、または裁判により全部勝訴に近い条件で和解した場合です。

仮差押後の訴訟で勝って債権が確定した場合-図

裁判で勝訴して相手に「×××万円を支払え」という支払命令が出て、その判決が確定した場合は、債権の存在が確定したわけですから「仮差押えが正当なものだった」と証明されたことになります。この場合は、確定した判決正本と確定証明書を添付して裁判所に「担保取消し」を申立てれば、担保取消決定がされます。

全部勝訴に近い条件で「裁判上の和解」をした場合も同様です。

民事訴訟では、半分以上の事案が判決ではなく、裁判官が主導する和解協議で終結します。この和解協議で全面的に債権者の言い分が認められた場合も、債権の存在が確定することになりますので、同じく「仮差押えが正当なものだった」ことになります。

この場合は、裁判上の和解で作成した「和解調書」を添付して、裁判所に担保の取消しを申立てれば、担保取消決定を得ることができます。

担保取消決定が認められる証明書-図

また、あまりないケースですが「請求の認諾※」といって、裁判中に債務者が全面的に債権者の請求の内容を認めて裁判を終わらせることがあります。この場合は、訴訟手続きとしては「認諾調書」が作成されて裁判が終了することになりますが、これも担保消滅事由になります。

そのため、認諾調書を添付して裁判所に担保取消しを申立てれば、担保取消決定が受けられます。

相手に担保取消しの同意を貰う

2つ目は、「相手が担保の取消しをすることに同意した場合」です。

この場合は、前記のような裁判の確定判決がなくても、担保取消決定を受けることができます。担保金は、相手の損害賠償請求に備えて準備しているものですから、相手が「担保金は取り崩していいよ」と言ってくれれば、もう担保は必要ないからです。

実際にはどのような場面かというと、訴訟提起前など裁判外で和解した場合や、多少、こちらが譲歩をして裁判上の和解をした場合です。

相手が担保取消しに同意する場合-イラスト図

例えば、仮差押えをした後に相手が慌てて支払いをしてきたような場合は、債権の回収としては一件落着ですが、裁判は終結していませんので、上記のように確定判決正本を裁判所に提出して担保の取消しを申立てる、ということはできません。

このような場合には、債務者と和解をして「仮差押えを取り下げる」ことを条件に、和解調書や同意書に「担保取消しに同意する」という条項を盛り込みます。

この和解調書や同意書を添付して、裁判所に担保の取消しを申立てれば、担保取消決定がされます。裁判外で和解する場合は、この同意書を取ることを忘れないようにしないと、担保金を取戻す手続きが非常に面倒になるので注意が必要です。

損害賠償請求の権利行使を催告する

3つ目は、仮差押え後に債権者が訴訟して敗訴した場合、つまり請求権が認められなかった場合です。この場合は債権者に非があり、相手の財産を不当(違法)に仮差押えしていたことになりますので、逆に債務者に対して損害賠償責任が発生します。

この場合、債権者はまず相手に「一定期間内に損害賠償請求をするように」催告することができます。

損害賠償請求の権利行使を催告する-イラスト

具体的には、裁判所に担保取消しを申立てる際に、申立書で「権利行使の催告をする」ということを表明します。(申立書に権利行使催告というチェック項目があります)。

すると裁判所が、債務者に期限を定めて「損害賠償請求するなら、××日までに権利行使してくださいね」ということを催告します。もしこれで一定期間内に損害賠償請求されなかった場合、裁判所は「債務者が担保を取消すことに同意した」と判断します。

これを難しい言葉でいうと同意の擬制といいます。同意の意思を表明したわけではないが、実質的に「同意したもの」として見なす、ということですね。この同意の擬制があれば、債権者が敗訴した場合でも担保取消決定を受けることができます。

同意の擬制の説明図

一方、もし相手が本当に損害賠償請求してきた場合は、今度は相手方を原告とする損害賠償請求訴訟として争そうことになります。この話は長くなるので後述(※こちら)しますね。

担保取消しを裁判所に申立てる際に提出する申立書類

上記の3つのいずれかの方法で裁判所から担保取消決定を受けることができた場合、次に裁判所に「供託原因消滅証明書」を交付して貰う必要があります。供託所から担保金を取戻すには、この「供託原因消滅証明書」が必要だからです。

ただし実務上は、担保取消決定を受けてから、あらためて「供託原因消滅証明申請書」を提出するのは二度手間なので、担保の取消しを申立てる段階で、申請書をあわせて提出します。

担保取消の申立ての必要書類

要件 必要書類
勝訴した場合
(担保事由消滅)
担保取消の申立書勝訴の判決正本と確定証明書(または勝訴と同等の和解調書)供託原因消滅証明の申請書供託原因消滅証明申請書、受書
和解した場合
(担保取消の同意)
担保取消の申立書相手が担保取消に同意する旨の同意書、和解調書(相手が同意書を作成した場合)相手の印鑑証明書相手方の担保取消決定正本の受書相手方の即時抗告権放棄書供託原因消滅証明の申請書、受書
それ以外の場合
(権利行使の催告)
担保取消の申立書訴訟終結を証明する文書(判決正本と確定証明書、取下証明書、和解調書)そもそも訴訟していない場合は、その旨を申立書に記載すればOK供託原因消滅証明の申請書、受書
勝訴した場合(担保事由消滅)
担保取消の申立書勝訴の判決正本と確定証明書(または勝訴と同等の和解調書)供託原因消滅証明の申請書供託原因消滅証明申請書、受書
和解した場合(担保取消の同意)
担保取消の申立書相手が担保取消に同意する旨の同意書、和解調書(相手が同意書を作成した場合)相手の印鑑証明書相手方の担保取消決定正本の受書相手方の即時抗告権放棄書供託原因消滅証明の申請書、受書
それ以外の場合(権利行使の催告)
担保取消の申立書訴訟終結を証明する文書(判決正本と確定証明書、取下証明書、和解調書)そもそも訴訟していない場合は、その旨を申立書に記載すればOK供託原因消滅証明の申請書、受書

【参考外部リンク】東京地方裁判所 民事第9部-担保取消しの手続き

細かい必要書類の確認は、最終的には各裁判所のサイトをご覧いただくか裁判所にお問い合わせください。ここで説明したいのは、和解により相手から同意書を取って担保取消決定を申立てる場合の書類についてです。

相手から「担保の取消しに同意する」という旨の同意書や和解調書を取る場合は、あわせて「即時抗告をしない」という上申書、「担保取消決定正本を受け取りました」という受書、の2点もあわせて貰っておくことが一般的です。

というのも、法律上は、裁判所から担保取消決定がされたとしても、相手の債務者はそれに対して「即時抗告」することが許されています。(民事訴訟法79条4項

担保取消決定には、債務者は即時抗告が可能-図

そのため、厳密な法的手続きとしては、まず(1)裁判所が担保取消決定をおこない、その(2)判決正本を債務者が受け取り、債務者が(3)即時抗告をしない、ということを確認した上で、(4)担保取消決定を確定させなければなりません。

でも既に、債務者は最初に担保の取消しに同意して同意書を提出しているわけですから、(2)~(4)の手続きは時間の無駄ですよね。

なので、申立ての段階で、「担保取消決定を受け取りました」という決定正本の受書と、「即時抗告しません」という即時抗告放棄書を先に出しておくことで、担保取消しの申立てをしてから供託原因消滅証明書を発行して貰うまでの手続きをスムーズに進めることが可能になります。

相手から担保取消しの同意書を取るときに一緒に貰っておくべき書類3つ-図

この相手から貰っておくべき3つの書類(担保取消しの同意書、即時抗告放棄書、担保取消決定正本の受書)を3点セットと言ったりします。

【参考資料・PDF書式】同意書の書式 / 即時抗告放棄書の書式 / 受書の書式

供託所から担保金の払い渡しを受けるまでの流れ

さて上記の手順で担保の取消しを申立て、裁判所から「供託原因消滅証明書」を貰うことができれば、これを法務局に持っていけば終わりです。ようやくこれで担保金を取戻すことができます。

供託所で担保金を返して貰うには、以下の書類の提出が必要です。

供託所での必要書類

  • 供託金払渡請求書
  • 印鑑証明書(3カ月以内のもの)
  • 供託原因消滅証明書、担保取消決定の判決正本と確定証明書
  • (法人の場合)資格証明書

 
最初の「供託金払渡請求書」は、法務局に行けば備え付けがありますので、その場で請求書を記入しても大丈夫です。また印鑑証明書は不要な場合もありますので、こちらも細かい書類の確認は、事前に法務局などに確認してください。

債務者側が損害賠償請求権により払い渡し請求する場合

さて、先ほどの権利行使の催告の話(※こちら)で、「もし本当に債務者が損害賠償請求をしてきた場合は、その後どうなるか?」という話を後回しにしていましたので、ここで解説しておきたいと思います。

まず供託所に預けられたお金の払い渡しを受ける手続きには、「取戻請求」と「還付請求」の2つがあります。

取戻請求 供託原因の消滅等の理由により、供託者が供託所に払い渡し請求をすること。
還付請求 保証供託における担保権利者(債務者)から供託所に払い渡し請求すること。
取戻請求
供託原因の消滅等の理由により、供託者が供託所に払い渡し請求をすること。
還付請求
保証供託における担保権利者(債務者)から供託所に払い渡し請求すること。

 
債権者が自ら供託した担保金を請求する場合は「取戻請求」にあたります。一方、債権者が本訴訟で敗訴した場合などで、債務者側が損害賠償請求権に基づいて、供託金の払い渡しを請求する場合は「還付請求」になります。

供託所に払い渡し請求をする2つのパターン-説明図

ただし供託所に預けられた担保金の払い渡しを受けるのは、実はそんなに簡単な話ではありません。たとえ債務者が「違法な仮差押えで損害を受けました」と言ったからといって、「はいはい」と担保金を渡してくれることはありません。

供託所に還付請求をするためには、債務者は、損害賠償請求権の存在を証明する書面を提出する必要があります。

つまり債務者としても本訴訟で勝ったからといって直ちに供託所の担保金を奪い取れるわけではなく、あらためて債権者を相手に損害賠償訴訟を提訴するなどして、賠償金の支払命令の判決を取らなければならないということです。

ただしこれは必ずしも通常訴訟でなくても構いません。仮執行宣言付き支払督促、調停調書、和解調書、公正証書など、要は何かしら債権の存在を証明する「債務名義※」が必要になる、ということです。

債務者が還付請求する場合も、債務名義が必要-図

債務名義の取り方については、以下の記事で詳しく解説しています。

ちなみに債権者が仮差押え後の本訴訟で敗訴して、逆に、債務者から損害賠償請求を提起された場合でも、さらに今度は「損害賠償は認められない」として請求が棄却されて債権者が勝つ可能性もあります。

少し混乱しそうですが、この場合は、2回目の訴訟(債務者を原告とする損害賠償請求訴訟)の確定判決があれば、債権者は裁判所に「担保の取消し」の申立てができますので、担保金は債権者が最終的に取戻すことが可能になります。





仮差押えが空振りや失敗だった場合の担保金の取戻し

仮差押えの段階では、相手に確認を取らずに執行手続きに踏み切るのが普通です。

わざわざ、「あなたは ○○銀行の ××支店に預金口座がありますか?」なんて確認してから仮差押えるようなバカなことはしません。そんなことをしたら仮差押命令が出る前に、債務者に預金残高を全額引き出されてしまうからです。

つまり「おそらくあそこの支店に預金があるだろう」という推測や確信で仮差押えをすることになります。実際にいくらの預金残高があるかは仮差押えして蓋を空けてみないとわかりません。そのため、実際には「預金口座が存在しなかった」ということもあり得ます。

ところが差押えなら空振りだったとしても、差押命令を取り下げて、その分をまた違う財産の差押えに回せばいいだけですが、仮差押えの場合は、空振りだった場合に担保金をどう取戻すのか?という面倒くさい問題があります。

民事保全規則による「担保の取戻し」

まず民事保全規則17条では以下のような「担保の取戻し」ルールがあります。

【民事保全規則17条】

保全執行としてする登記もしくは登録または第三債務者に対する保全命令の送達ができなかった場合、その他保全命令により債務者に損害が生じないことが明らかである場合において、法第43条2項の期間(2週間)が経過し、または保全命令の申立てが取下げられたときは、債権者は、保全命令を発した裁判所の許可を得て、法第14条1項の規定により立てた担保を取戻すことができる。(民事保全規則

先ほどまで解説していたのは、既に仮差押えをした後に、裁判所が担保の「取消し」を決定する方法でした。一方こちらは、そもそも仮差押えができなかった場合に、裁判所が担保の「取戻し」を許可する場合の話です。

つまり仮差押えに失敗して、かつ相手に何も実害がない場合には、仮差押命令から2週間が経過するか、または仮差押命令を取り下げることを前提に、担保金を取戻すことができるということです。

具体的には、以下の場合に担保金の取戻しが可能です。

担保金の取戻し

  • 不動産への仮差押登記の失敗など、登記登録ができなかった場合
  • 金融機関や職場など、第三債務者に保全命令の送達ができなかった場合
  • その他、保全命令により債務者に損害が生じないことが明らかな場合

※いずれの場合も、2週間の執行期間が経過するか、保全命令の申立てが取下げられることが条件です

例えば、住宅の仮差押えの申立てをして担保金を払ったものの「仮差押登記ができなかった場合」や、給与の仮差押えをしたけど「勤務先に仮差押命令が送達できなかった場合」などは、担保金の取戻しが可能とされています。

銀行口座の仮差押えの場合

では、最初に挙げた「銀行の預金口座を仮差押えしたら空振りだった場合」はどうでしょうか?

この場合は残念ながら空振りだったとしても、担保金の取戻しは難しくなります。上記の民事保全規則による担保金の取戻しはできませんので、裁判所に担保取消決定を出して貰う方法しかありません。

仮差押えが空振りだった場合、取戻しは難しい-図

銀行口座の仮差押えの場合は、たとえ空振りだったとしても、銀行に仮差押命令が届くことで信用不安がおこり、債務者に何らかの損害が発生する可能性があります。

例えば、債務者がその銀行で住宅ローンを借りていた場合、契約書の内容によっては、仮差押えを受けたことで期限の利益を喪失してしまい、残債の一括返済を求められてしまう可能性もあります。

この場合、もし後で「仮差押えは違法なものだった」という話になれば、損害賠償請求の対象となり得ますので、裁判所としても担保金を簡単に返すわけにはいかないのです。

そのため、銀行預金の仮差押えの場合は、たとえ支店に口座が存在しなくても、やはり相手方の債務者から同意書を取るか、権利行使催告をした上で、裁判所に「担保取消決定」をして貰う、という正式な手順を踏まなければ担保金を取戻すことはできません。

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