銀行の預金口座を差押えるのに口座番号や支店名は必要?
貸付金や慰謝料、損害賠償請求など債権回収のために、相手の銀行の預金口座を差押える場合には、(1)金融機関名、(2)支店名の2つの情報が必要です。通常、銀行は支店ごとに預金管理をしていますので、支店名がわからなければ預金の差押えは難しいのが現実です。逆に、口座番号や預金種別、預金残高などの情報は必要ありません。相手方の名前と住所、銀行名、支店名がわかれば、ほとんどの場合、預金口座は1つに特定できますので差押えは可能です。
元夫が離婚協議書で約束した養育費を払ってくれないんだけど、元夫の銀行預金の強制執行はできるかなー? こんな時のために、ちゃんと公正証書にしておいたんだけど・・・。
預金の特定ってどこまで把握しないといけないの? たしか大手×××銀行に預金口座を持ってるのは知ってるんだけど、口座番号とか、預金残高とか、預金種別までは知らないんだよね・・・。
疑わしい支店に片っ端から差押命令を出すことはできないの?
- 差押命令を申立てるためには、相手の財産を債権者が特定する必要がある
- 銀行預金(特に大手銀行)の場合は、支店まで特定しなければ差押えできない
- 口座番号、預金種別、預金残高は不明でも、名前、住所、支店がわかればOK
- 銀行に相手の口座情報を聞いても、通常は守秘義務で教えてくれない
- 支店ごとに適当に金額を割り振って、複数の支店を差押えることは可能
1.差押対象の財産は、債権者が自分で特定しないとダメ
2.銀行の預金口座を特定するために必要な情報は?
3.なぜ「支店名」まで特定しないと強制執行できないのか?
4.銀行に照会して調べる方法だと回答を得るのは難しい
5.疑わしい支店に目星をつけて片っ端から差押える方法
銀行の預金口座の差押えには支店名が必要になる
まず最初に前提として、銀行預金の差押えを裁判所に申立てるためには「債務名義※」が必要です。ただしこの記事ではあらためて債務名義の説明はしません。既に確定判決や執行証書など、強制執行の条件が揃っているものとして話を進めます。
もし債務名義がわからないという方は、以下の記事を参考にしてください。
強制執行手続きの厄介な大原則として、「差押え対象となる財産は、債権者が自分で特定しなければならない」というルールがあります。
初心者の感覚だと何となく裁判で勝訴したり、公正証書で 強制執行認諾文言※ を付けていれば、あとは裁判所が職権で差押えまでやってくれそうな気がします。そう思っている方も多いはずです。
しかし実は裁判所の役割は、差押先の銀行や職場に「差押命令」を出してくれる、というだけです。実際に相手が「どこの銀行に預金を持っているのか?」「どこの職場で給与を受け取っているのか?」は、債権者が自分で探しだす必要があります。
いくら裁判の確定判決や執行証書、仮執行宣言付き支払督促などの債務名義があったとしても、「相手の財産がどこにあるかわからない・・・」という状態だと、残念ながら強制執行は難しいのです。
民事執行規則133条2項には以下のような定めがあります。
(2)申立書に強制執行の目的とする財産を表示するときは、差押えるべき債権の種類および額、その他の債権を特定するに足りる事項並びに債権の一部を差押える場合にあっては、その範囲を明らかにしなければならない。(民事執行規則133条)
裁判所に銀行預金の強制執行を申立てるときには、「差押命令の申立書」という書類を提出するわけですが、そこで具体的に債権を特定できるだけの情報を記載しなければいけません。
銀行が受け取ったときに「ああ、この口座の○○万円が対象ね」と、具体的に特定できるだけの情報が記載されていなければ、差押命令の申立書は裁判所に却下されてしまいます。
では具体的に「銀行の預金口座を特定できる情報」って何でしょうか?
これは金融機関名( ○○銀行 )と、支店名( ○○支店 )です。裁判所に提出する「差押命令の申立書」には、相手の名前と住所も必ず記載しますので、これらの情報(名前、住所、銀行名、支店名)が揃っていれば、預金口座の特定は可能です。
よく疑問に思われることが多いですが、口座番号や預金残高までは必要ありません。
通常、債権者に預金残高なんてわかるはずがないですし、口座番号も相手に教えて貰わない限り、普通はわかりません。ですが、強制執行手続きというのは相手にバレないようにやるのが鉄則です。相手に「強制執行したいのですが、口座番号を教えて貰えますか?」なんて聞いたら、預金を全額引き出されてしまって終わりです。
なので、銀行預金の差押えをするために必要な情報というのは、「銀行名」と「支店名」になります。差押えをしたい場合は、まず何とかこの2つの情報を特定するようにしましょう。
1つの支店に複数の口座がある可能性もありますので、強制執行の申立てでは「どの順番で優先的に差押えるか?」まで指定する必要があります。
ただ、これはもう書き方が決まっているので深く考える必要はありません。通常は、裁判所に提出する「差押命令の申立書」に添付する「差押債権目録」に、以下のような記載することで優先順位を明確にします。(クリックタップするとこの場で開きます)
外貨建預金より円建預金を優先する、他の誰かが既に差押え(仮差押え)してる口座よりもしてない口座を優先する、など当たり前の話ですね。
なお、預金種別も基本的には上記のように、優先順位を付けてまとめて指定します。なので相手の口座が「普通預金」なのか、「定期預金」なのか、「当座預金」なのか、で悩む必要はありません。
同じ人物の名義の口座であれば、優先順位をつけて一括で差押えの対象にすることができます。
銀行口座を本人と特定できればいいだけなら、例えば、「三菱UFJ銀行の ××さん名義の口座をすべて差押えてください」でも良さそうな気がします。なぜ、金融機関名だけではダメで、支店名まで特定しなければならないのでしょうか?
これに関しては、実際に裁判で争われた判決について説明した方が早いかもしれません。
銀行の全支店を対象にまとめて差押えをする方法には、(1)全店一括順位付け方式と、(2)預金額最大店舗指定方式の2つがあります。しかしこの方法は2つとも、平成23年9月、平成25年1月にそれぞれ最高裁に「適法ではない」として否定されることになりました。
全店一括順位付け方式
全店一括順位付き方式とは、金融機関のすべての支店を対象にして支店番号の若い順に優先的に差押えを行う、という方法です。
例えば、支店番号007に100万円の預金口座、支店番号010に200万円の預金口座、支店番号015に100万円の預金口座があり、差押債権額が150万円であれば、支店番号007の預金口座の全額と、支店番号010の預金口座の50万円を差押える、という方法です。
預金額最大店舗指定方式
預金額最大店舗指定方式とは、金融機関のすべての支店を対象にして、預金残高が最も大きい支店の預金口座を対象に差押えを行う、という方法です。
例えば、支店番号007に100万円の預金口座、支店番号010に200万円の預金口座、支店番号015に100万円の預金口座があり、差押債権額が150万円であれば、支店番号010の支店の預金口座のうち150万円を差押える、という方法です。
これらの「全店一括順位付け方式」と「預金額最大店舗指定方式」は、いずれも1つの取扱店舗に限定せずに、1つの銀行のすべての支店を対象に差押えを行う方法です。高等裁判所などの下級審ではこれらの方法による差押命令を「適法」として認めた判例もありました。
もしこの方法による差押えが可能であれば、債権者としては「債務者がどの支店に預金口座を持っているか?」がわからなくても差押えに踏み切ることができるため、最高裁でどのような判決がなされるかが期待されました。
しかし結論としては、前述のように最高裁判所は「全店一括順位付け方式」と「預金額最大店舗指定方式」のいずれも適法ではなく、やはり「銀行預金の差押命令にあたっては、支店まで特定しなければならない」とする判決を下しました。
なお、その判決理由については長くなるので非表示にしていますが、興味がある方だけ、以下をクリックタップして解説を読んでみてください。(クリックタップするとこの場で開きます。)
そのため、現行の制度では、銀行預金(特に三菱UFJ、三井住友、みずほ等のメガバンクの預金口座)の差押えにあたって支店を指定することは必須です。
支店がわからない場合は、適当に目星を付けるしかない
このように債務者の預金口座を強制的に差押えるためには、「どの銀行の、どの支店に預金があるのか?」まで特定する必要があるわけですが、実際には「どの支店に預金があるか?」は簡単にはわからないことが多いです。
債務者の預金口座を調べる方法としては、弁護士会から照会をかけて貰う「弁護士会照会※」という方法や、裁判所に申し立てて照会をして貰う「調査嘱託※」などの制度もありますが、どちらの方法でも、銀行が守秘義務を理由に回答を拒否するケースが多いです。
これらは公法上の回答義務はあるものの、回答を拒否しても不法行為が成立しないため、損害賠償請求の対象にはなりません。一方、口座情報を教えることで預金者から損害賠償請求を受けてしまう可能性はあり、銀行としてはこちらの方がリスクが高いのです。
そのため銀行としては、たとえ弁護士会や裁判所の照会であっても、本人の同意がない限り、簡単には顧客の口座情報は教えられないという実情があります。
また裁判所に調査嘱託を申立てる場合は、支店を特定する必要があります。「××銀行の○○支店に、預金残高がいくらあるか?」の調査を裁判所にお願いすることはできますが、「××銀行のすべての支店を調査して欲しい」というお願いはできません。
銀行ではなく本人に直接、財産の開示を求める「財産開示請求」という手続きを裁判所に申し立てることもできますが、これも罰則が30万円の過料しかないため、相手に出頭を拒まれてしまうと、それ以上はどうすることもできません。
現実的には、かなり非効率ではありますが、これしか選択肢がないことも多いです。例えば、神奈川県の横浜市に在住する債務者であれば、神奈川県の支店を中心に片っ端から差押えを試みる、といった方法です。
「複数の支店に片っ端から差押命令が出せるなら、面倒だけど、全店舗を1つずつ差押えればいいんじゃないの?」と思われるかもしれませんが、それは現実的ではありません。
なぜなら複数支店に差押命令を出すことはできますが、その差押債権の合計額は、請求額を超えないようにしなければならないからです。
例えば、債権額が100万円であれば、支店A、支店B、支店C、支店D、支店Eの預金をそれぞれ20万円ずつ差押える申立てをすることはできますが、この5店舗でもう差押債権額が100万円に達していますので、それ以上の支店を差押えることはできません。
1支店あたりの差押額を10万円まで下げれば、10店舗までは差押えることができますが、それでも10店舗です。三菱UFJ銀行の支店は全国に766支店、三井住友銀行は441支店、みずほ銀行は421支店ありますので、よほど債権額が巨額でない限り、全国の支店を差押えるなんて到底不可能です。
また1支店あたりの差押額を10万円まで下げてしまうと、偶然運よく預金口座のある支店に当たったとしても、当然、10万円までしか差押えることはできません。差押えに気付いた預金者は、すぐに残りの預金を引き出してしまうでしょう。
先ほど解説した「全店一括順位付け方式」や「預金額最大店舗指定方式」による差押さえは、あくまで差押額を100万円とした1つの差押命令で全支店を対象にする、という話なので、「1支店ずつ差押命令を出して、個別に全店舗差押える」というのとは全く話が違います。
後者は、1支店ごとに債権額を割り付ける必要があるので、あまりたくさんの支店を対象にすることはできません。現実的には、その債務者の居住地や出身地の周辺地域などの支店に絞って、アタリをつけて差押えてみるしかないでしょう。
上記の方法で当たりを付けて差押えた支店に、預金口座が存在しなかった場合は、その支店の債権差押命令を取り下げて、その金額分を、また違う支店に割りつけて差押えの申立てをすることができます。
例えば、支店A、支店B、支店C、支店D、支店Eをそれぞれ差押額20万円ずつで差押命令を出してみて、支店C、支店D、支店Eに預金口座が存在しなかった場合は、その3店舗(債権額60万円)の差押命令を取り下げて、また支店F、支店G、支店Hの預金口座を20万円ずつ差押えることができます。
ただ実際には、前述のように「全国の支店を順番に片っ端から差押える」というのはキリがなく現実的ではありません。「どの支店に預金があるのか?」について全く目星が付いていない場合は、現状の制度では確定判決や執行証書があっても、なかなか銀行預金の強制執行を実現するのは難しい、というのが実情です。
銀行などがお金を貸すときに、不動産などに抵当権を設定したがるのは、やはり債権執行(預金などの差押え)はなかなか難しいから、という理由があります。
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