自宅の金庫や銀行の貸金庫の中身を差押えることはできる?

債務者が貴金属や有価証券、その他の財産を金庫に保管している場合でも、それを差し押さえることは可能です。自宅の金庫の場合は「動産執行」の対象となります。債務者が自ら協力して金庫を開けてくれない場合は、執行官の権限で強制的に開錠することができます。一方、銀行に貸金庫を借りている場合は「債権差押え」の対象となります。

金庫にある財産の差押えについて
ねえねえ、先生ー!
私の友達がせっかく裁判で勝訴したのに、貸したお金の回収ができなくて困ってるみたいなの。どうやら相手は金庫に財産を持ってるみたいなんだけど…。金庫って差押えできるの?
自宅の金庫の場合は、「動産執行」の対象になるよ。
動産執行っていうのは、債務者の自宅に裁判所の執行官が訪問して、高価な物(宝石や時計など)を差押える手続きだ。これは金庫の中にある小切手や手形、株券などの有価証券も対象になる。
そうなんだ!
でも債務者が金庫を開けるのに協力してくれない場合はどうなの?
たしか、裁判所の執行官は、家のドアを強制的に開けることはできるって聞いたけど…。金庫の鍵も開けれるのかな?
うん、開錠できるよ。
実際には、鍵屋などの業者を同行させることになる。ただし金庫を開けるには専用の技術が必要だから、金庫があるのがわかってるなら、事前に執行官との打ち合わせで伝えておいた方がいい。

民事執行法123条の解説イラスト

民事執行法123条を読む(※クリックタップで開閉)

ふむふむ。
じゃあ、債務者が銀行に貸金庫を借りてる場合はどうなの?
銀行の貸金庫でも、同じように動産執行を申立てれば、執行官が鍵を開けて中身を捜索してくれるのかな?
いや、それは少し難しいんだ。貸金庫は銀行の敷地内にあるでしょ? だから銀行の協力が必要なんだけど…、債務者に対する動産執行の場合、銀行には協力する法的義務がないんだ。しかも、銀行は債務者に対して貸金庫契約上の守秘義務や管理義務を負っている。
えーっと…、それはつまり動産執行だと、銀行のような第三者に対する法的な強制力はない上に、銀行には自分の契約上の義務があるから、安易に協力しちゃうと後で債務者に訴えられるリスクがあるってことね?
うん、その通り。だから銀行の貸金庫の中身を差押えるためには、「動産執行」ではなく、銀行に対する「債権執行」で差押えの申立てをする必要がある。つまり、債務者が銀行に対して持っている契約上の引渡請求権を差押えるわけだね。
なるほど…。でもちょっとややこしいな。
債権(引渡請求権)を差し押さえると言っても、実際に差し押さえる対象は物(貴金属や有価証券)でしょ? 差押えた物は、直接、債権者に引き渡して貰えるの?
いや、直接、自分に移転することはできないね。
物の引渡請求権を差し押さえた場合は、1週間が経過したら裁判所の執行官にそれを引渡すように要求できる。あとは執行官がそれを売却して現金化し、配当してくれるのを待つ感じだね。
【 補足 】

金庫の財産に対する差押えは、その中身が何であるか判明していない状態でも申立てをすることが可能です。自宅の金庫の場合は「動産執行」なので、そもそも対象の財産を指定する必要がありません。単に場所を記載して裁判所に申請すれば、執行官がその場所にある債務者の目ぼしい財産を差押えてくれます。また貸金庫の場合も、中身が何かわからない状態でも、貸金庫が存在する銀行だけ特定できれば、差押えの申立てが可能です。

  • 自宅の金庫の財産は、裁判所に「動産執行」を申し立てて差押える
  • 銀行の貸金庫の財産は、裁判所に「債権執行」を申し立てて差押える
  • 差押えを申し立てる時点では、金庫の中身が判明していなくてもいい

債務者の自宅の金庫を「動産執行」で差し押さえる手順

債務者の自宅金庫を差押えるためには、まずは裁判をして判決を取るなど、何らかの債務名義 を取得する必要があります。裁判で債務者に支払いを命じる判決が確定すれば(または仮執行宣言が付けば)、それを根拠にして裁判所に動産執行を申し立てることが可能です。

その後のスケジュールは以下のようになります。

動産執行のスケジュール

項目 内容
申立て 裁判所に「動産執行申立書」を提出します。このときに、「確定判決の正本」と、それが相手に届いてることを証明する「送達証明書」などの書類を添付します。動産執行の申立てが受理されれば、費用の納付書を渡され、また執行官との面談日時が決まります。
執行官との面談 動産執行は、申立日から1週間以内に実施されます。そのため、先立って執行官と打ち合わせをします。ここで開錠業者を準備するかどうか(別料金)等を聞かれます。自宅に金庫があることがわかっている場合は、金庫の開錠が必要になるため、その旨を伝えておきましょう。
動産執行 債権者やその弁護士が同行する場合は、執行官と開錠業者と現地で待ち合わせをします(ただし同行しても、債務者が許可しなければ、債権者は敷地内には立ち入れません)。執行官は、債務者の自宅や事務所などに立ち入り、必要があれば金庫を開錠し、宝石類・貴金属・現金・有価証券などの財産を差し押さえます。
財産の売却 執行官が差押えた財産は、執行官によって売却・現金化されます。絵画や宝石などの動産は専門の買取業者に競り売り等で売却し、株券などの有価証券は委託売却されます。また小切手は期日が迫っていれば、執行官が金融機関に提示して債務者の代わりに支払を受けます。
配当 動産執行をした債権者が1人の場合は、執行官がそのまま売得金を債権者に弁済し、余った分は債務者に返却されます。他の債権者と競合した場合は、裁判所の配当になります。
申立て
裁判所に「動産執行申立書」を提出します。このときに、「確定判決の正本」と、それが相手に届いてることを証明する「送達証明書」などの書類を添付します。動産執行の申立てが受理されれば、費用の納付書を渡され、また執行官との面談日時が決まります。
執行官との面談
動産執行は、申立日から1週間以内に実施されます。そのため、先立って執行官と打ち合わせをします。ここで開錠業者を準備するかどうか(別料金)等を聞かれます。自宅に金庫があることがわかっている場合は、金庫の開錠が必要になるため、その旨を伝えておきましょう。
動産執行
債権者やその弁護士が同行する場合は、執行官と開錠業者と現地で待ち合わせをします(ただし同行しても、債務者が許可しなければ、債権者は敷地内には立ち入れません)。執行官は、債務者の自宅や事務所などに立ち入り、必要があれば金庫を開錠し、宝石類・貴金属・現金・有価証券などの財産を差し押さえます。
財産の売却
執行官が差押えた財産は、執行官によって売却・現金化されます。絵画や宝石などの動産は専門の買取業者に競り売り等で売却し、株券などの有価証券は委託売却されます。また小切手は期日が迫っていれば、執行官が金融機関に提示して債務者の代わりに支払を受けます。
配当
動産執行をした債権者が1人の場合は、執行官がそのまま売得金を債権者に弁済し、余った分は債務者に返却されます。他の債権者と競合した場合は、裁判所の配当になります。

 
動産執行で、執行官が差し押さえることのできる財産は、基本的には貴金属・宝石・ブランド品・時計などの高価な「物」が対象になります。執行官が売却できないもの・売却費用に見合わないものは差押えの対象になりません。

金庫の中の証券や権利証

金庫の中の小切手や手形、株券などの有価証券も、それを執行官が取り上げること(占有すること)によって、権利を債務者から移転させることができる種類の証券は、「物」として動産執行の対象に含まれます。

株券などの有価証券は、それを所持している人が法的な権利者として扱われます。そのため、執行官は物理的にその証券を債務者から取り上げることで権利を剥奪できます。このように執行の手続き上、物として扱うことのできる証券(小切手や現金も含む)は、動産執行に含まれます。

一方、裏書譲渡が禁止されている有価証券など、取り上げても権利が移転しない証券は、動産執行の対象になりません。同じように、金庫の中の預金通帳や保険証書、不動産の権利証も、差押えの対象にはなりません。預金通帳を取り上げても、預金の権利は執行官に移転しないからです。

これらは債権の差押え、不動産の差押えなど、それぞれ別の法的手続きで解決できます。

動産執行の対象になる財産とならない財産-説明イラスト

自宅の金庫の動産執行に関する質問
自宅に動産執行に行く前に、債務者には通知をするの?
一般的に事前告知はしません。
事前に通知してしまうと、債務者が財産を逃がしたり隠してしまう可能性があるためです。これは動産執行だけでなく、すべての強制執行の手続きについて言えます。ただし動産執行の場合は、債務者が自宅に居て立ち会ってくれた方が都合がいい場合や、敢えて事前に通知して自主的な返済を促したい場合もあります。そのため、裁判所の運用方法によっては、債務者に事前通知して貰うこともできます。

金庫の中にある高価な財産で、差押えできないものはあるの?
まず66万円以下の現金は差押えできません。
民事執行法では、直近の生活に必要な2カ月分の現金は差押禁止財産とされており、これが66万円分(1カ月33万円)になります。また前述のように、預金通帳・保険証書・不動産の権利証など、執行官が没収しただけでは権利が移転しない種類の財産は、動産執行の対象になりません。ただし動産執行によって、預金や不動産の存在が把握できれば、不動産執行・債権執行などの手続きに繋げることができます。

金庫の中に仮想通貨のウォレットがあった場合、差押えできるの?
残念ながら現行の法律では難しいようです。
仮想通貨のペーパーウォレットやハードウォレットは、有価証券でもなければ、貴金属や宝石類のようにそれ自体に売却価値があるわけでもありません。また、執行官が占有することによって権利が移転する性質の財産でもありません。将来的に何らかの方法で差押えができるようになる可能性はありますが、現状は動産執行の対象財産とはみなされないようです。参考記事





債務者が銀行に借りている貸金庫を差し押さえる手順

貸金庫契約は、一般的には、銀行が貴重品を預かるという寄託契約ではなく、「銀行の安全な金庫スペースを借りる」という賃貸借契約のかたちになっています。そのため、理論上は金庫の中身は債務者が占有しているはずであり、動産執行の対象となるはずです。

しかし債務者を対象とする動産執行に、第三者が協力する法的義務はありません。貸金庫は銀行の敷地内にあり、銀行の協力がなければ執行官が立ち入ることができませんが、銀行は債務者に対しての契約上の義務(善管注意義務など)を負っているため、民法上の契約違反となる可能性があります。そのため、銀行は動産執行に協力してくれないケースが多いです。

銀行に対する債権差押命令が必要

そこで少し面倒ですが、貸金庫の中身を差し押さえるためには、裁判所から銀行に対して「債権差押命令」を送って貰う必要があります。つまり動産執行ではなく、金庫の内容物の引渡請求権という債権を差し押さえる、という手順が必要になります。

債権執行のスケジュール

項目 内容
債権差押の申立て 裁判所に、当事者(債権者・債務者)と金額、第三債務者(貸金庫のある銀行)の氏名・住所、そして対象の債権(貸金庫の内容物引渡請求権)などを記載した債権差押命令申立書を提出します。判決の正本などの添付が必要です。
銀行に送達 申立書が受理されれば、通常2~3日で裁判所から銀行に「債権差押命令」が届きます。これが届いた時点で、銀行は債務者への弁済が禁止されます。このケースだと、金庫の中身を債務者に渡すことが禁止され、中身が凍結されるということです。
引渡請求 銀行に債権差押命令が届いた日から1週間が経過すると、債権者は、執行官に対して貸金庫の中身を引渡すように請求することができます(民事執行法163条)。具体的には、執行官が銀行の貸金庫スペースに立ち入り、そのうち売却・換価可能な財産を没収して残りは金庫に戻します。このとき債務者の協力は必要ありません。
配当 執行官は、貸金庫から没収した財産を売却して、売得金を裁判所に提出します。債権差押えの場合は、執行官の権限では配当できないので、裁判所が売却代金を預かって配当します。債権者は配当期日に裁判所に行って現金を受け取ります。
債権差押の申立て
裁判所に、当事者(債権者・債務者)と金額、第三債務者(貸金庫のある銀行)の氏名・住所、そして対象の債権(貸金庫の内容物引渡請求権)などを記載した債権差押命令申立書を提出します。判決の正本などの添付が必要です。
銀行に送達
申立書が受理されれば、通常2~3日で裁判所から銀行に「債権差押命令」が届きます。これが届いた時点で、銀行は債務者への弁済が禁止されます。このケースだと、金庫の中身を債務者に渡すことが禁止され、中身が凍結されるということです。
引渡請求
銀行に債権差押命令が届いた日から1週間が経過すると、債権者は、執行官に対して貸金庫の中身を引渡すように請求することができます(民事執行法163条)。具体的には、執行官が銀行の貸金庫スペースに立ち入り、そのうち売却・換価可能な財産を没収して残りは金庫に戻します。このとき債務者の協力は必要ありません。
配当
執行官は、貸金庫から没収した財産を売却して、売得金を裁判所に提出します。債権差押えの場合は、執行官の権限では配当できないので、裁判所が売却代金を預かって配当します。債権者は配当期日に裁判所に行って現金を受け取ります。

 
もし「引渡請求」のステップで銀行が引渡しに応じてくれない場合は、銀行を相手に取立訴訟をおこす必要があります。

従来は、貸金庫契約の関係から銀行はなかなか任意の引き渡しに応じてくれませんでした。(一般の方の感覚だと、裁判所の要請に銀行が応じないのは不思議に感じるかもしれません。しかし銀行は顧客から賠償責任を追求されるリスクがあるので、基本的に任意での財産の引渡しや情報開示請求には、簡単に応じません)

しかし平成11年11月29日に最高裁判決が出て、「銀行の貸金庫の内容物に対する債権差押えは有効である」という最終結論が出たため、以前よりは簡単に貸金庫の差押えができるようになりました。(最高裁判決リンク

平成11年11月の最高裁判決のポイント

平成11年11月29日の判決では、以下のようなことが明示されました。

【 最高裁判決のポイント 】

  • 貸金庫の「内容物引渡請求権」を差押えることは可能である
  • 貸金庫の中身(財産の種類・数量)を事前に特定する必要はない
  • 差押えの効力は、貸金庫の中身すべてに対して一括で生じる
  • 実務上は、どの財産を差押えるかは執行官の権限で判断する(補足意見)

 
そのため、債権者は「どの銀行に貸金庫契約が存在するか?」までを特定すれば、その中にどのような財産があるかわからない状態でも、内容物引渡請求権を根拠にした差押えができるようになりました。従来、債権差押えはかなり具体的に対象を特定しなければならないのが通例だったので、これは大きな判決でした。

また銀行側は、どの財産を引渡すべきかを判断する必要はなく、どの財産を差し押さえるかは執行官が選別すること、銀行は単に執行官を貸金庫スペースに案内して開錠するところまで協力すればいいこと、もしこれに銀行が協力しない場合は、債権者が取立訴訟をして勝訴すれば、執行官は強制的に鍵業者を同行させて金庫を開錠できること、などが補足意見として示されました。

銀行の貸金庫の差押えに関する質問
貸金庫の差押えはどういう財産が対象になるの?
基本的には動産執行と同じです。
貸金庫の「内容物引渡請求権」を差し押さえても、その中身を直接自分に移転することはできず、必ず裁判所の執行官に引渡して貰い、執行官の手で売却・現金化して貰った上で、裁判所からの配当という形で受け取らなければなりません。その際に、どの財産を売却可能な財産として選別し、差押えるかは、執行官の権限と判示されました。

差押えの時点だけでなく取立訴訟をおこす時点でも、貸金庫の中身が何か把握してなくていいの?
はい、貸金庫の中身を特定している必要はありません。
これが最高裁で最も争われたポイントなのですが、銀行に対する取立訴訟の時点でも「貸金庫の内容物について種類・数量を特定する必要はない」と裁判官は判示しました。そのため、貸金庫の中身の請求権を差し押さえる場合には、変に財産の種類を指定しない方が得策です。指定してしまうと、逆にそれによって執行官の選別の範囲が狭まる可能性があります。

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