仮想通貨やビットコインを強制執行で差押えることはできる?

現行の法律では、ビットコインなどの仮想通貨を差押えることは難しいとされています(執筆時の2018年現在)。債務者が自ら協力して秘密鍵を開示してくれない限り、法的な執行力によって強制的にブロックチェーン上に記載された財産を移転する方法は存在しないからです。ただし債務者が取引所にコインを預けたままにしている場合には、一般的な「債権の差押え」という方法で差押えができる可能性があります。

仮想通貨はなぜ差押えが難しいと言われてるの?
ねえねえ、先生ー!
よくビットコインや仮想通貨は、法的に差押えをすることが難しくて、「法的な抜け穴」になってるって議論されてるみたいだけど…。なんで差押えが難しいのかなぁ?
それは、簡単にいうと中央管理者がいないからだね。
他の財産と比較してみればわかりやすい。例えば、銀行預金を差押える場合は、裁判所は銀行に「差押命令」を出すでしょ? 不動産であれば、裁判所は法務局(登記所)に差押を依頼する。
給与差押えなら、勤務先に差押命令を送るよね…。
そっか、一般的な財産であれば、誰かしら管理している団体や機関があるから、そこに裁判所が「差押命令」を送って強制的に凍結して貰えば、債権者に財産を移転することができるのね。
その通り。
一方、ビットコインのような仮想通貨には、一般的には発行元や管理団体が存在しない。だから裁判所が強制的に働きかけて、ブロックチェーンを書き換えて貰う方法が存在しないわけだね。

仮想通貨には管理や責任の主体が存在しないため、差押命令が出せない-検閲耐性の説明イラスト

なるほど。
でも「秘密鍵」があれば、債務者のビットコインを強制的に債権者に送ることはできるわけでしょ? 秘密鍵を取り上げることはできないの? 例えば、動産執行でパソコンを差し押さえるとか。
※ 「秘密鍵」とは、仮想通貨(ビットコインなど)を送金するときに必要となる暗証番号のようなものです。仮想通貨のネットワークでは、秘密鍵の持ち主だけが、その仮想通貨の正当な所有者と判断されます。
そうだね、そこが将来的に一番の課題になるところだと思う。
現行の法律では、仮想通貨を目当てにして、動産執行でパソコンを差押えることは難しい。パソコン自体に売却価値があるわけじゃないから、執行官が差押えてくれないんだ。
そうなの?
だって、動産執行って裁判所が債務者の財産を売却して現金化する方法でしょ? 例えば、1000万円分のビットコインアドレスの秘密鍵が入ったパソコンを1000万円で競売すればいいじゃん。
まずパソコンの中に1000万円分の秘密鍵があるかどうかは、外部からじゃわからないでしょ。それに、もし秘密鍵があったとしても、他の場所に秘密鍵のコピーが無いとは限らない。だからパソコンを押収しても中のビットコインを確保したことにならない。
うーん、そういうことか。
じゃあ、つまり「仮想通貨を差押える」っていう概念がそもそも難しいわけだ…。極端な話、債務者が秘密鍵を自分の頭の中で記憶してたら、パソコンや携帯を全部、差押えても意味ないもんね。
そうだね。
同じことは、LedgerNanoのようなハードウェアウォレットや、ペーパーウォレットについても言える。つまり物品として差押えたとしても、必ずしもそのアドレスの中身を差押えたことにはならない。
【 補足 】

ビットコインなどの仮想通貨は、財産として全く新しい性質を持つテクノロジーなので、現行の法律ではまだ差押えの方法が確立していません。刑事事件や脱税のように、国家権力がパソコンを押収して調査できるような犯罪性のある事案は別ですが、一般的な私人同士の金銭の貸し借りでは、裁判に勝ったとしても、仮想通貨の秘密鍵の保管方法を調査すること自体が不可能に近いです。また仮に保管方法が特定できた場合でも、それを具体的に差押える手段がありません。

  • 仮想通貨は債権ではない(発行元や管理団体がない)ので、債権差押えが不可
  • 仮想通貨は動産ではない(物理的に保管できない)ので、動産差押えが不可
  • ただし取引所に預けている場合は、取引所に対する債権差押えが可能

取引所に置いてる仮想通貨の差押えはできるの?
ん?(。´・ω・) でもちょっと待てよ。
ブロックチェーン上の財産や秘密鍵を差押えるのが無理でも、ほとんどのユーザーは取引所にコインを置いてるんじゃないの? 取引所に置いてある仮想通貨なら、差押えできるんじゃない?
うん、そうだね。
取引所に置いてある仮想通貨を差押えるのは、銀行の預金を差押えたり、証券会社の株や資金を差し押さえるのと何ら変わらないからね。債務名義(※)さえあれば、普通に差押さえできる。

仮想通貨を取引所に預けている場合の債権差押え-説明イラスト

ほうほう。
つまりユーザーが取引所に対して持ってる仮想通貨の返還請求権(債権)を、裁判所に差押えて貰うってことだよね。その場合は、相手の氏名とか住所だけわかってればいいの?
そうだね。
日本の国内取引所であれば、口座開設にあたっての本人確認が義務付けられているから、氏名・住所で口座を特定できると思うよ。どの取引所に口座があるかは、債権者が特定しないとダメだけど。
あ、そっか。
差押えをするためには、債権者が自分で債務者の財産を調査して特定しないといけないんだよね。でも仮想通貨の取引所って大手だと5~6つくらいしかないよね?
うん、だからダメ元で全部に差押命令を送ってもいい。
申立ての費用は1件1万円程度だし、もし口座がなくても空振りになるだけだからね。目星をつけて片っ端から送ってみるのは、銀行預金の差押えとかではよくある方法だね。
なるほど。
あ、でも…、裁判所に差押えを申し立てている間に相手にバレて、仮想通貨をパソコンのウォレットに移されてしまったら差押えできないよね? 裁判所から債務者には、事前に通知はあるの?
いや、もちろん通知なんてないよ。
債務者に事前に通知したら、財産を逃がされるのは容易に想像できるからね。債務名義さえあれば、事前通告なしで差押えできる。債務者側に反論があれば、差押えた後に抗告できるから問題ない。
なるほど、そういう仕組みなのね…。
最近だと、仮想通貨の取引所は海外のも主流だよね。BinanceとかPoloniexとか、中国や香港の取引所を使ってる人も多い気がするけど。海外取引所の差押えはできるの?
いや、それは難しい。差押えは、日本の裁判の判決などを根拠にして、日本の法律(民事執行法)で実行するものだから、海外の財産に対する強制力はないんだよね。仮想通貨は、メールアドレスだけで簡単に海外の取引所に財産を送れるから、そこも問題点だよね。
【 補足 】

日本国内の取引所であれば、一般的な法的手段により仮想通貨の差押は可能です。ユーザーは取引所に対して、仮想通貨や円の「返還請求権」という債権を持っているため、この債権を差し押さえることで、債務者に代わって取引所から円や仮想通貨を取り立てることができます。ただし実務上はまだ事例も少ないはずなので、具体的な実現の可能性や仮想通貨の移転の方法については、詳しい弁護士の先生に相談してください。

  • 債務者が国内の取引所に預けている仮想通貨については、債権差押えが可能
  • 差押えた仮想通貨は、裁判所の譲渡命令や売却命令によって支払われる
  • ただし海外取引所の仮想通貨を差し押さえることは難しい場合が多い

仮想通貨の「差押え」に関するよくある質問

債務者が、自宅の金庫にハードウェアウォレットやペーパーウォレットで仮想通貨を保管していると聞いた。そこまでわかってても、差押えは難しいの?
債権者が裁判所に動産執行を申し立てれば、執行官が自宅の金庫の鍵を開けることまでは可能です(民事執行法123条2項)しかし前述のように、動産執行の対象となる財産は、裁判所(執行官)が売却可能なものに限定されます。もう少し実例が増えないとわからないですが、今のところ、ペーパーウォレットやハードウェアウォレットのように明確に仮想通貨を記録するための媒体であっても、それを保全・換金する手続きが整備されないと、動産執行の対象として差押えるのは難しいと思います。
参考記事





ペーパーウォレットでも、動産執行での差押えが難しいのはなぜなの?
ペーパーウォレットとは、秘密鍵を紙に書いて保管する形体のウォレットですが、秘密鍵自体に売却価値があるわけではありません。例えば、金庫の中にあるのが小切手や株券などの有価証券であれば、執行官はこれを差押えできます。有価証券の現物は、それを実際に保有している人に法的な権利があるとみなされるため、取り上げてしまえば債務者から権利を移転したことになるからです。また手形や小切手・株券については、執行官の権限で換金したり売却することができます(民事執行法136条・138条)

一方、ペーパーウォレットの場合は、それを所持しているからといって、秘密鍵を使用する権利を排他的に独占したことにはなりません。誰かが別の場所で秘密鍵を知っていれば、簡単にアドレスの残高を他の場所に移すことができてしまいます。つまり執行官が、裁判所の有するアドレスなどにその場で送金しない限り、そもそも財産を差押えた(権利が移転した)ことになりません。ですが、これは通常の動産執行で執行官に与えられた権限の範囲では不可能です。

債務者が銀行の貸金庫に預けている仮想通貨(ハードウェアウォレット)の差押えはできないの?
平成11年11月29日の最高裁判決により、債務者が銀行の貸金庫スペースに預けている内容物については、債権差押え(内容物引渡請求権の差押え)ができると判示されました。貸金庫の中に、どのような種類の財産がいくらあるかを特定しなくても、貸金庫契約が存在することと、どの銀行に貸金庫が存在するかを特定できれば、内容物については包括的に差押えが可能です。しかしこの場合も、差押えた内容物を直接自分に移転することはできず、裁判所の執行官が売却可能な財産を選別することになります(民事執行法163条)。そのため、動産執行と同様、現状では仮想通貨の差押えは困難です。
参考記事

債務者がすべての財産を仮想通貨に変えてウォレットに移してしまったら、債権者は泣き寝入りするしかないの?
通常は、社会的な生活を送っている方であれば、給与の支払いなどを含め、何らかの収入源があります。ですので、まずはフローの収入に対する差押え(給与差押えなど)ができないか検討することになります。働いてもなく、預金や不動産などの財産も何も持たずに、仮想通貨だけを切り崩して生活しているのであれば、現状はほとんど強制的に差押える方法はありません。しかし現実的には、そのような方はほとんどいないと思います。また民法上の差押えができない場合でも、それが詐欺的な行為(例えば、破産詐欺など)によるものであれば、刑法上の問題となる可能性があります。
今後、仮想通貨の差押えは可能になるの?
まず一番可能性が高いのは、ペーパーウォレット・ハードウェアウォレットなど、明確に仮想通貨を記録することを目的とした媒介物の差押えで、かつその保管場所を債権者が特定した場合のパターンです。この場合は、あとは裁判所がどう仮想通貨を保全して、それを現金化して配当するか、という手続きだけの問題になるので、将来的にはそこが整備されれば差押えができるようになると思います。それ以外のケース、特に「秘密鍵がどこにあるのか債権者にもわからない」という場合は、財産開示制度の罰則強化など、別の方向での法改正がない限り、当面は難しいと思います。

国内取引所の仮想通貨を差し押さえる具体的な手順は?
差押え(強制執行)をするためには、まず有効な債務名義 を取得することが必要です。一般的には、まず契約書などの証拠を元に裁判をおこし、そこで勝訴の確定判決を得てから、それを元に裁判所に「債権差押え」の申立てをします。その後の詳しい流れは、預金差押えの記事(こちら)を参考にしてください。仮想通貨を差押えた場合は、その後、裁判所に譲渡命令の申立てをして仮想通貨のまま受け取るか、売却命令の申立てをして執行官に売却して貰った上で現金で受け取る流れになります。(民事執行法161条)





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