債権回収手続きでの「相殺」って何?相殺ができる要件は?
相殺とは、債権者と債務者がお互いに対立する金銭債権を持っている場合に、どちらか一方の意思表示によりそれらの債権をまとめて同じ金額分だけ消滅させる手続きをいいます。最も代表的な例でいえば、銀行による「貸付金」と「預金」の相殺です。貸付金の返済期日が過ぎているのに返済がされない場合、銀行は、預金と相殺することで自身の貸付金を回収することができます。なお相殺は、条件(相殺適状)を満たしていれば、相手の同意がなくても一方的な通知だけで可能です。
よく銀行に預金を「相殺された」とか、支払いを遅滞すると「相殺されるから気を付けて」とか聞くんだけど、そもそも相殺って何なの? 大体のイメージはわかるけど・・・
じゃあよく聞く「銀行が預金と貸付金を相殺する」っていうのは、債務者さんが持っている預金の払戻請求権と、銀行が持っている貸金の返還請求権をお互いに帳消しするってことだね? それってどんな場合でも可能なの?
つまり銀行側からいうと、貸付金の返済期日が過ぎていれば、銀行側から「預金と相殺します」って言えるってことか。そういえば、さっき「相手の同意も要らない」って言ってたよね?
- 相殺は、当事者一方の意思表示だけで成立する簡単な債権の回収方法
- 相殺したい側の債権を自働債権、相殺される側の債権を受働債権という
- 相殺をするために必要な要件を満たしていることを相殺適状という
- 相殺をするためには、自働債権の弁済期日が到来していなければならない
- 相殺の効力は、相殺を通知したときではなく、相殺適状の時から生じる
そもそも債権回収手続きでの「相殺」って何なの?
相殺というのは、「自分が持っている債権」と「相手に対して負っている債務」とを同じ金額で帳消しにして、お互いの債権債務を消滅させる手続きのことで、債権回収の方法の1つです。
例えば、銀行の「貸付金債権」と「預金債務」の相殺は、最も頻繁におこなわれる相殺の1つです。銀行が「あなたが預けている預金を、私たちが貸しているお金と相殺します」というかたちで、貸しているお金を回収するわけですね。
通常は債権回収というと、裁判所にいって少額訴訟をおこしたり、支払督促を送ったりなど、何かと非常に面倒な手続きが必要になるものですが、相殺の場合は「相殺しました」という事後通知を送るだけで、相手の同意がなくても一方的に債権回収を完了できるので非常に便利な方法です。
まず最初に簡単な用語解説をさせてください。「自働債権」と「受働債権」という2つの用語です。
相殺というのは、先ほども説明したように、「貸付金債権」と「預金債権」のように、2人がお互いに同じような金銭債権を持っている場合に、それを同額で消滅させる手続きです。つまり2人は、どちら側からでも「相殺をしたい」と言いだす権利はあるわけですね。
この場合、お互いの債権債務をまとめて消滅させるわけですから、「債権」「債務」という呼び方では、どっちの何の債権の話だが訳がわからなくなります。どちらも債権者であり債務者でもあるからです。
そのため、相殺の話をする場合には「自働債権」と「受働債権」という言葉を使います。相殺をしたいと言ってる側の債権が「自働債権」です。一方、相殺される側の債権が「受働債権」です。
例えば、銀行から借りたお金の返済を何カ月も滞っていて、期限の利益※ を喪失したせいで、銀行に預金と相殺されてしまった(銀行側が相殺をした)という場合は、貸付金債権が自働債権、預金が受働債権、になります。
今後もこの自働債権、受働債権、という言葉は登場しますので、ぜひ覚えておいてください。
相殺というのは、お互いに同じような金銭債権さえあれば「いつでも行使できる」というわけではありません。
銀行からお金を借りていて、まだ返済期限も到来していないのに、ある日、突然、銀行口座からお金を引き出して勝手に相殺されたら大変ですよね。もちろん、そんなことはできません。
相殺をするためには、相殺をするための条件が揃っている必要があります。これについて民法では以下のように定められています。
2人が互いに同種の目的を有する債務を負担する場合において、双方の債務が弁済期にあるときは、各債務者は、その対当額について相殺によってその債務を免れることができる。ただし、債務の性質がこれを許さないときは、この限りではない。(民法505条)
この相殺ができる条件のことを相殺適状(そうさいてきじょう)といいます。具体的には、「相殺をしたい」と相手に主張するためには、以下の条件が必要になります。
相殺適状
- 同じ当事者間でお互いに有効な反対債権があること
- 原則、どちらも金銭債権(お金の請求権)であること
- 自働債権(相殺したい側の債権)の弁済期が過ぎてること
- 差押禁止債権や法的に相殺が禁止される債権でないこと
特に重要なのは(3)ですね。相殺をするためには、法律上、お互いの債権の弁済期が到来している必要があります。つまり、まだ支払日が来ていない債権を相殺することはできません。
ただし受働債権(相殺される側の人の債権)は、実は、返済期日はあまり問題になりません。当たり前ですが、自分の意思で「予定の期限よりも早く返済する」ことは全く問題ないからです。これを法的には期限の利益の放棄といいます。(民法136条)
「相殺をしたい」と言っている側の債権者は、自分の債務について支払日がまだ来ていなくても、自分から相殺すると言い出してるわけですから、何ら問題ないのです。
一方、「相殺をされる側」の債権者は、本当は相殺をしたくない可能性もあるわけですから、せめて支払期日が到来していないのに、勝手に相殺をすることは許されません。
そのため、自働債権については原則、弁済期日が到来している必要があります。銀行の「貸付金」と「預金」との関係でいえば、少なくとも「貸付金」の返済期日が到来しない限りは、銀行側から「相殺します」とは言えない、ということです。
特に返済期限を定めていない債権
なお、返済期限が決まっていない債権については、自働債権としても受働債権としてもいつでも相殺できます。
銀行の普通預金などはその典型ですね。預金債権というのは、特に返済期日を定めたものではありませんので、いつでも相殺の対象とすることができます。そのため、銀行からお金を借りている債務者の側からいえば、いつでも貸付金と預金の相殺は主張できることになります。
一方、銀行側から相殺を主張するためには、繰り返しになりますが、貸付金の返済期日が既に到来していなければなりません。
相殺がなぜ債権回収の方法として、非常に簡単で優れているかというと、先ほどの相殺適状さえ満たしていれば、どちらかの債権者の通知(意思表示)により一方的に相殺ができるからです。
裁判所にいって公的な書類を作成する必要もありませんし、相手方の同意も必要ありません。ただ、「相殺適状を満たしたので相殺しました」ということを、相殺が終わってから事後的に通知すればいいだけなのです。
これは、民法506条で定められています。
1.相殺は、当事者の一方から相手方に対する意思表示によってする。この場合において、その意思表示には、条件または期限を付することができない。(民法506条)
つまり相殺の条件が整っていれば、どちらか片方の一方的な意思表示により、相殺ができるのです。相手方の同意は必要ありません。
もちろん、本当にただ意思表示をしただけだと、相手には「意思表示されたかどうか?」の証拠が残りませんので、やはり書面(内容証明郵便)などで相殺を通知することになります。これが、いわゆる相殺通知書です。
相殺通知書は、ただ意思表示をするための書面なので、法律上、決まった書式があるわけではありません。「相殺通知書 書式」などで検索すると、たくさんのテンプレートが見つかりますので、必要に応じて自分のケースにあったものを探してください。
なお、相殺の効力は「相殺適状の時」に遡って効力を生じます。「相殺の意思表示をしたとき」「相殺の通知をしたとき」ではありません。
そのため、例えば、銀行は貸付金と預金を相殺して、預金残高を引き落として0円にした後で、債務者に対して「相殺をしました」と事後通知をすることができます。ただし、一般の会社同士での請求書の相殺であれば、特に相殺によって現金が動くわけではないので、「事後通知になる」というのはそれほど問題ではないでしょう。
2.前項の意思表示は、双方の債務が互いに相殺に適するようになった時にさかのぼってその効力を生じる。(民法506条)
また、相殺の意思表示(通知書)では、条件や期限を付けることはできません。
例えば、「3月20日までに返済をしないときは、貸付債権を預金と相殺します」といった通知を送ることはできません。相殺の通知を送るときは、期限や条件を付けずに、ただ「相殺をします」という意思表示だけをしなければなりません。
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