婚姻費用の算定方法と控除できる費用、養育費との違い
婚姻費用とは、婚姻中の夫婦が別居している場合に、主に夫から妻や子供に送る生活費(仕送り)のことです。養育費が、「離婚後の子供のための扶養」であるのに対して、婚姻費用は「離婚の前(別居中)の妻・子供のための扶養」であるという点が違います。婚姻費用の金額は、夫婦それぞれの年収と子供の人数から、裁判所の算定表 を元に、自動的かつ客観的に決まります。
婚姻費用って、「まだ戸籍上は婚姻してて夫婦だけど、別居して生活してる」って場合に、妻が夫に対して請求できる生活費のことだよねー?これって相場としてはどのくらいの金額貰えるのー?
ちなみに婚姻費用の分担って、別居してる奥さんの方に問題(有責事由)がある場合でも、請求できるものなのー? 例えば、浮気をして出て行った奥さんが、旦那さんに婚姻費用を請求するとか。
でも待って?! 家賃の場合はわかるけど、住宅ローンの支払いも同じ扱いなのはおかしくない? だって住宅ローンの場合は、支払い終わったら住宅(財産)が夫の手元に残るわけでしょ?
- 婚姻費用とは、離婚前の別居中の夫婦・子供の生活費の分担(仕送り)のこと
- 婚姻費用分担の調停・審判は、離婚調停とは別で申立てる。離婚後は貰えない
- 有責配偶者からでも婚姻費用の請求はできる。ただし権利濫用となる例外あり
- 婚姻費用は、原則、調停を申立てた時点の分から請求できる。過去分は無理
- 妻の住居費や携帯代、光熱費は婚姻費用に含まれる。児童手当は別で貰える
- 夫が住宅ローンを支払っている場合は、婚姻費用から一定額を控除する
- 学資保険は婚姻費用には含まれないが、別で支払いを強制することもできない
1.まずは裁判所の「算定表」から婚姻費用の相場を調べる
2.夫の年収がわからない場合でも婚姻費用は請求できる?
3.夫が無職の場合でも婚姻費用は請求できるのか?
4.住宅ローンや住居費を夫が負担してる場合の婚姻費用
5.有責配偶者からでも婚姻費用の請求はできるの?
6.児童手当や学資保険の保険料は、婚姻費用に含まれる?
7.調停や審判を申し立てて婚姻費用を貰うまでの流れ
まずは裁判所の「算定表」から婚姻費用の相場を調べる
婚姻費用の分担は、夫婦お互いの合意があればいくらと決めても自由です。5万円でも20万円でも構いません。
ただし夫婦2人だけで決めた婚姻費用だと、どうしても口約束になりがちですし、合意書を作成したとしても私文書では強制力がありません。公正証書 ※ を作成するという方法もありますが、離婚時ならともかく、別居するときにわざわざ公正証書を作成する夫婦はほとんどいないでしょう。
そのため、実際には、家庭裁判所に婚姻費用分担の調停や審判を申立てるケースが多いはずです。
いったん調停や審判で婚姻費用を決めて貰っておけば、もし将来、婚姻費用が未払いになったときに強制執行することもできますし、離婚が成立した後も未払い分を請求できます。
一方、婚姻費用分担の調停や審判をすることなく離婚してしまった場合は、離婚前の婚姻費用の支払いを求めることは限りなく困難です。詳しくは後ほど述べます。
冒頭でも紹介しましたが、調停や審判を申立てた場合は、裁判所は こちらの算定表 を使って婚姻費用の額を計算します。
婚姻費用の算定表の見方は以下の図のとおりです。
まず(1)子供の人数と年齢に応じて、自分の家庭にあったシートを探してください。見つけたら、(2)婚姻費用を請求する側を横軸、請求される側を縦軸として、夫婦それぞれの年収のマスを探します。その交差点のところが月々の婚姻費用の金額です。
意外と簡単ですよね。
たまに先入観で、「婚姻費用というのは、夫が妻に対して支払うものだ」「浮気をして出ていった有責配偶者の方が支払うものだ」「子供を育てている方が受け取るものだ」と決めつけて考えている方がいますが、必ずしもそうなるとは限りません。
例えば、夫の年収が極端に高く、妻が無収入の場合などは、理論上、妻に浮気原因があって別居した場合で、かつ子供は父親の元に残った場合でも、夫が妻に婚姻費用を支払わなければならないケースはあり得ます。
以下、およその目安を記載しておきます。
婚姻費用の具体例
家族構成 | 夫の年収 | 妻の年収 | 婚姻費用 | 算定表 |
---|---|---|---|---|
夫婦のみ | 400万円 | 専業主婦 | 6~8万円 | 表10 |
400万円 | 200万円 | 2~4万円 | ||
800万円 | 専業主婦 | 12~14万円 | ||
800万円 | 300万円 | 6~8万円 | ||
子供1人 (15歳未満) |
400万円 | 専業主婦 | 6~8万円 | 表11 |
400万円 | 200万円 | 4~6万円 | ||
800万円 | 専業主婦 | 14~16万円 | ||
800万円 | 300万円 | 10~12万円 | ||
子供2人 (15歳未満) |
400万円 | 専業主婦 | 8~10万円 | 表13 |
400万円 | 200万円 | 6~8万円 | ||
800万円 | 専業主婦 | 16~18万円 | ||
800万円 | 300万円 | 12~14万円 |
夫婦のみ | ||
---|---|---|
夫の年収 | 妻の年収 | 婚姻費用 |
400万円 | 専業主婦 | 6~8万円 |
400万円 | 200万円 | 2~4万円 |
800万円 | 専業主婦 | 12~14万円 |
800万円 | 300万円 | 6~8万円 |
表10 | ||
子供1人(15歳未満) | ||
夫の年収 | 妻の年収 | 婚姻費用 |
400万円 | 専業主婦 | 6~8万円 |
400万円 | 200万円 | 4~6万円 |
800万円 | 専業主婦 | 14~16万円 |
800万円 | 300万円 | 10~12万円 |
表11 | ||
子供2人(15歳未満) | ||
夫の年収 | 妻の年収 | 婚姻費用 |
400万円 | 専業主婦 | 8~10万円 |
400万円 | 200万円 | 6~8万円 |
800万円 | 専業主婦 | 16~18万円 |
800万円 | 300万円 | 12~14万円 |
表13 |
【参考】婚姻費用算定表(PDF参照)
自営業の人とサラリーマンの人
算定表の年収には「自営」と「給与」の2列があります。
サラリーマンの方は「給与所得の源泉徴収票」の支払金額が、年収の数字になります。この数字をそのまま使えばOKです。もちろん副業収入などがあれば、その分は加算します。(夫が個人で仕事をしている場合でも、会社を法人化していれば給与所得になります)
給与所得者の場合
自営業の方は「確定申告書」の課税所得金額が、年収の数字になります。自営業者の場合は、この「課税される所得金額」に、さらに青色申告控除65万円や基礎控除38万円など、支出を伴わない控除分を加算する必要があります。
自営業者の場合
ちなみに算定表を見ていただければわかりますが、夫の年収が同じ400万円であれば、サラリーマンの給与所得として算定するよりも、自営業者として算定した方が、婚姻費用の支払い額が大きくなります。
これは自営業者が損しているわけではなく、サラリーマンの源泉徴収票の「支払金額」という数字が、給与所得控除前のものだからです。自営業者であれば、随時、経費に計上しているはずなので、そのままの数字だと自営業者に有利になってしまいます。なので、その分が調整されています。
夫の年収がわからない場合でも婚姻費用は請求できる?
「ひとまず調停や審判を申立てる前に、婚姻費用の相場を知りたい」という場合、市役所にもよりますが、同居親族であれば課税証明書が請求できることが多いです。
別居して別世帯となってしまうと、原則、本人の委任状が必要になりますが、まだ住民票を移す前であれば、妻だけで窓口にいっても夫の課税証明書を取得できる可能性はあります。夫の単身赴任等だと、住民票を移さないことも多いですよね。
※ 本人でないと請求できない市区町村もあります。
もう既に世帯が別になっていて、夫が年収を教えてくれない場合でも、とりあえず婚姻費用分担調停や審判を申立てれば問題ありません。
調停や審判の場になれば、調停委員や裁判官からも収入資料の開示を求められますし、たとえ提出を拒んだとしても、会社名などが特定されていれば、裁判所から勤務先に調査嘱託などができる可能性もあります。
調査嘱託は、必ずしも勤務先に回答義務があるわけではない(回答しなくても罰則はない)ですが、裁判所からの調査書面なので、回答が得られることも多いです。
また実際に調停や審判になれば、相手が何の収入資料も提出しないケースというのは稀です。
全く収入の手掛かりが掴めない場合でも、最終的には賃金センサスなどを用いて年収を推定しますので、相手が収入を一切開示しない場合でも、婚姻費用が貰えないということはありません。
賃金センサスとは、学歴(大卒・高卒等)、性別、年齢、勤続年数別に調査された給与額や年間賞与の統計データのことです。あくまで統計なのであまりアテになりませんが、他に収入を証明する手段がないときは、およその年収を推計するデータとして用いられます。こちらで見れます → 「賃金構造基本統計調査」
ちなみに、夫や妻が明らかに収入について虚偽の申告をしている(または法人化して役員報酬を極端に低く抑えている)と認められる場合にも、賃金センサスが使われることがあります。
現在、夫が無職だったとしても、「直近まで働いていた」「またすぐ働ける可能性が高い」など、働く能力と環境がある場合には、前述の賃金センサス等を利用して婚姻費用の算定がされる可能性があります。
たまたま夫が転職中で無収入だったというだけで、婚姻費用が0円になってしまうと困るからです。婚姻費用は妻と子供の直近の生活に関わることで、ある程度、急迫を要するものですから、夫の再就職先が決まるまで審判をしないというわけにもいきません。
そのため、夫婦の一方に明らかに働ける能力と生活環境があるのに、働いていない場合には、婚姻費用の算定の際に「潜在的な年収」(潜在的稼働能力)が用いられることがあるのです。
ただし繰り返しますが、賃金センサスというのはただの統計上の推計であって、何でもかんでも当てはめて使えばいいというものではありません。夫が無職だからといって、必ずしも賃金センサスに応じた婚姻費用が貰えるとは限りませんし、むしろ賃金センサスを使う場面は少ないです。
夫の過去の経歴や職歴にもよりますし、現在、働いていない理由にもよります。また前年度の年収などがわかる場合は、まず前年の年収ベースで算定されることが多いです。
妻が無職の場合
妻が無職の場合にも、潜在的稼働能力が考慮されることはあります。
例えば、別居して実家に帰ってしまった妻が、明らかに働ける状態にも関わらず、全く働こうとせずに夫に婚姻費用を請求した場合に、妻の潜在的収入(平均的なパート収入等)を考慮して婚姻費用が減額されることがあります。
ただし、これも夫が積極的に「妻は働けるはずだから、潜在的収入を考慮すべきだ」と主張した場合の話です。裁判所が勝手に潜在的収入を考慮することはありません。普通は、妻が無収入であれば、収入は0円で計算します。
住宅ローンや住居費を夫が負担してる場合の婚姻費用
婚姻費用というのは、生活費の分担のためのお金ですので、原則として、子供の教育費・塾代・光熱費・携帯代・医療費・住居費など、生活のための支出がすべて含まれるものです。例えば、賃貸物件に住んでいるからといって、家賃を別で請求することはできません。
婚姻費用のなかで住居費もやりくりしなければならないのが原則です。
もともと夫が借りて住んでいた賃貸にそのまま妻子が住んでいて、賃貸契約の名義が夫のままの場合は、夫が家賃を代わりに支払い続けることもあるでしょう。その場合は、家賃の支払い分を婚姻費用から控除できます。
例えば、子供1人で夫の年収800万円、妻の年収300万円(妻が子供を監護)の場合、算定表上の婚姻費用は10~12万円になりますが、別途、妻の家賃5万円を支払っているのであれば、婚姻費用は5~7万円です。
賃貸住宅の家賃と違い、住宅ローンの場合は「資産形成」という側面があるため、少し話がややこしくなります。
例えば、別居後も夫名義の住宅に妻と子どもがそのまま住んでいて、夫が住宅ローンを支払っているようなケースです。この場合、「妻と子供の住居費を夫が支払っている」という状況は賃貸の場合と同じですが、住宅ローンを支払い終わった後に、夫の手元に住宅(資産)が残るという点が異なります。
ある意味、夫は自分の財産のために住宅ローンを支払っているわけですから、ローン支払いの全額を婚姻費用から控除してしまうのは適切ではありません。それだと、妻が自分の生活費の一部を削って、夫名義の住宅ローンの支払いを手伝っている状態になってしまいます。
夫の資産形成といっても、実際には将来の財産分与の対象となるわけですが、それとこれとは話が別だということです。婚姻費用は、妻と子供の目の前の生活のために必要な費用ですので、夫婦の財産形成のための費用をそこから控除することはできません。(この話は、後述 する生命保険や学資保険についても、同じことが言えます。)
しかし一方で、「1円も控除を認めない」「婚姻費用は住宅ローンとは別で、全額支払わなければならない」とすると、今度は夫にとって不公平です。
本来は、婚姻費用のなかに住居費が含まれているわけですから、(1)妻子に無料で住ませてあげて、さらに(2)婚姻費用を全額支払うというのは、いわば妻に住居費を二重に支払っている状態になるわけです。そこで、どう折り合いをつけるべきか、が問題になります。
1.夫の年収から住宅ローンの年間支払額を控除する方法
このような場合の婚姻費用の算定は、いくつかの方法があります。
例えば、婚姻費用の算定表を用いるときに、「夫の年収」の欄に住宅ローンの支払分を控除した数字を使う、という方法もあります。夫の年収が500万円、住宅ローンの支払いが年間150万円であれば、「夫の年収を350万円」として婚姻費用を算定して、その全額を支払うという方法です。
実際に計算してみるとわかりますが、上記のケースだと、婚姻費用は大体月2万円ほど低くなります。妥当といえば妥当です。
月々の住宅ローンの支払額をまるごと婚姻費用から控除した場合、上記の婚姻費用は0円になってしまいますから、それに比べれば、かなりまともな数字感になります。実際、裁判官によってはこの方法で婚姻費用を算定することも多いです。
2.妻の年収に応じた「住居関係費」分を控除する方法
もう1つの方法が、統計上の「年収別の住居関係費」を参考にして、妻の年収に応じた住居費を婚姻費用から控除する、というものです。例えば、東京家裁平成22年11月24日審判で利用されています。
これはわかりやすくいうと、「妻の年収に応じた架空の賃料を設定して、その分を夫の仕送りから控除する」という方法です。夫の仕送りの中から、妻が夫に賃料を支払っている、といえばイメージしやすいかもしれません。
実際に計算してみないと一概には言えませんが、住宅ローンを年収から控除する方法よりは、この方法の方が妻に有利になる場合があります。特に、夫の住宅ローン負担額が大きい場合や、妻の年収が少ない場合に有利になります。
住居関係費データ(2015年)
年収 | ~200万円 | ~250万円 | ~300万円 | ~350万円 | ~400万円 | ~450万円 |
---|---|---|---|---|---|---|
実収入 | 144,608円 | 236,560円 | 258,640円 | 288,117円 | 313,737円 | 347,432円 |
住居関係費 | 17,033円 | 20,965円 | 42,096円 | 32,552円 | 35,987円 | 41,894円 |
年収 | ~500万円 | ~550万円 | ~600万円 | ~650万円 | ~700万円 | ~750万円 |
実収入 | 368,745円 | 416,806円 | 430,090円 | 487,629円 | 506,902円 | 534,132円 |
住居関係費 | 46,755円 | 50,419円 | 48,910円 | 54,421円 | 56,815円 | 73,747円 |
年収 | 実収入 | 住居関係費 |
---|---|---|
~200万円 | 144,608円 | 17,033円 |
~250万円 | 236,560円 | 20,965円 |
~300万円 | 258,640円 | 42,096円 |
~350万円 | 288,117円 | 32,552円 |
~400万円 | 313,737円 | 35,987円 |
~450万円 | 347,432円 | 41,894円 |
~500万円 | 368,745円 | 46,755円 |
~550万円 | 416,806円 | 50,419円 |
~600万円 | 430,090円 | 48,910円 |
~650万円 | 487,629円 | 54,421円 |
~700万円 | 506,902円 | 56,815円 |
~750万円 | 534,132円 | 73,747円 |
※ 平成27年度 家計調査年報「年間収入階級別1世帯当たり1カ月の収入と支出」より
住居関係費の最新データが見つからなかったので、上記の表は、当サイトで独自に2015年度の家計調査年報のデータをもとに計算したものです。住居関係費は、家計調査年報の「住居」と「土地家屋借金返済」の合計で計算できます。(総務省統計局「家系調査年報」)
実際の家庭裁判所の運用では、違う年度のもの(数年間の平均値)を用いるかもしれませんので、あくまで参考程度にしてください。
3.ざっくり住宅ローンの3~4割程度を婚姻費用から控除する方法
家庭裁判所や裁判官によっては、そこまで厳密な計算はせずに、ざっくりと住宅ローンの支払額の3~4割程度を婚姻費用から控除するかたちで算定することもあります。
例えば、月々の住宅ローンの支払額が10万円であれば、3万円程度を婚姻費用から控除する、ということです。上記2つのような算定方法を取らなくても、この方法で大体似たような数字が出ることが多いです。当然、審判になった場合は、夫婦はお互いに一番自分に有利な方法での算定を求めることになります。
夫が自分の居住する家の住宅ローンを支払っていたとしても、婚姻費用の算定には何の関係もありません。婚姻費用から控除できるのは、「別居中の妻の住居費」だけです。
たとえ妻と共有持分の住宅であったとしても、夫が居住している以上は、住宅ローンの支払いを婚姻費用から差し引くことはできません。夫婦の共有持分の住宅は、財産分与のときに清算すべき問題だからです。
婚姻費用はあくまで日々の妻と子供の生活のための費用ですから、夫が居住している家のローンの支払いを控除できるわけがありません。これは、家が妻との共有名義だとしても同じことです。
もし夫が1人で住宅ローンを支払いたくないのであれば、持分に応じた住宅ローンの支払いを妻に求めるなり、住宅ローンの支払いを停止するなり、自分の住宅持分を売却するのは自由です。しかし婚姻費用の問題とは、関係のない話です。
基本的には、妻が実家暮らしだからといって婚姻費用が減額されることはありません。算定表どおりの婚姻費用の支払いが必要です。
たしかに妻が実家暮らしの場合は、妻は住居費の負担はありませんし、光熱費や食費などの負担も少なくなるかもしれません。しかしそれは、本来は夫婦で負担するべきはずの生活費を、妻の両親に代わりに押しつけているだけであって、夫がその分の扶養義務を免れるわけではありません。
また、妻の実家の世帯収入を合算して婚姻費用を算定することもできません。あくまで婚姻費用は、夫と妻それぞれ個人の年収に応じて決まるものなので、妻の実家の収入は関係ありません。
ただしこれらはあくまで一般論です。民法上は、婚姻費用の分担は「資産、収入、その他一切の事情を考慮して」決めるとありますので、特別な事情がある場合には、婚姻費用の減額要因として認められる可能性がないわけではありません。(民法760条)
夫の立場として生活が苦しく、かつ妻の実家の生活に余裕がある場合には、一応、主張するだけ主張してみても損はありません。
有責配偶者からでも婚姻費用の請求はできるの?
基本的には、有責配偶者からでも婚姻費用の請求はできます。婚姻費用は、夫婦の生活費の分担義務なので、不貞行為や破綻原因とは直接は関係ありません。
「妻が勝手に浮気をして家を出ていったのに、さらに婚姻費用として毎月10万円も妻に支払えなんて、そんなバカな話があるのか?!」と怒る方もいるかもしれません。気持ちは大変よくわかります。
しかし一応、法律としては、「不貞行為についてのケジメは慰謝料請求でやってください」「婚姻費用の支払いは、夫婦関係が破綻していようと、別居していようと、離婚するまでは発生し続けます」というのが原則になっています。
例外として救済措置もあります。もし別居になった破綻原因が、夫婦の片方だけに一方的にある場合(いわゆる有責配偶者)は、その者からは、婚姻費用が請求できないという判例があるのです。
例えば、以下の東京家庭裁判所の審判がそうです。
別居の原因は主として申立人である妻の不貞行為にあるというベきところ、申立人は別居を強行し別居生活が継続しているのであって、このような場合にあっては、申立人は、自身の生活費に当たる分の婚姻費用分担請求は権利の濫用として許されず、ただ同居の未成年の子の実質的監護費用を婚姻費用の分担として請求しうるにとどまるものと解するのが相当である。
つまり、妻の浮気に原因があって、しかも妻の方から同居義務に反して家を出ているわけだから、その妻から生活費を請求することは「権利の濫用だ」というわけですね。
たしかに妻に一方的に原因があって家を出たのであれば、生活が苦しいなら家に戻ってくればいいわけですから、婚姻費用の分担義務を理由に生活費を要求するのは「権利濫用だ」といえます。他にも、このような判例は複数あります。
しかし問題は、婚姻費用分担調停(審判)において、「それを証明できるかどうか?」が問題です。
明らかな不貞行為の証拠がある場合はいいですが、そもそも、婚姻費用分担調停や審判は、「本当に浮気があったかどうか?」をじっくり審理する場所ではありません。家庭裁判所の家事調停・審判ですから、もともと民事訴訟のように、厳格な証拠調べをする場ではないのです。
また婚姻費用は、「妻や子供が食べていくための生活費」ですから、そう長々と時間をかけて審理をするわけにはいきません。ある程度、迅速に決定しなければならないという急迫性があるのです。
そのため、婚姻費用分担調停で妻からの請求が認められないのは、明白な不貞行為の証拠がある場合に限られると思った方がいいでしょう。もちろん、だからといって諦めるのではなく、主張するだけ主張してみた方がいいのは当然です。
子供の養育費分は支払いが必要
妻の不貞行為の有無にかかわらず、どちらにしても、子供の養育費分は支払いが必要です。妻に別居原因がある場合に、婚姻費用を免れる可能性があるのは「妻の分」だけです。「子供の分」までなくなるわけではありません。
そのため、妻が子供を監護している場合は、妻に不貞行為による別居原因があるからといって、婚姻費用が0円になることはありえません。子供の監護費用の支払いは、そもそも妻とは無関係に生じる法律上の義務ですから、これは当たり前の話です。
児童手当や学資保険の保険料は、婚姻費用に含まれる?
婚姻費用の中には、子供の教育費も含まれます。そのため、例えば、塾代や教材費、私学進学の費用などについて、婚姻費用とは別で夫に支払いを求めることはできません。(もちろん夫が私学進学等に賛成している場合は別です)
一方、児童手当はもともとの性質として、子どもの監護権者に対して支給されるものですから、現在の受取人が夫になっているからといって、勝手に児童手当を婚姻費用に含めることはできません。
夫が受取人なのであれば、夫は婚姻費用の全額とは別に、児童手当分も妻に渡さなければなりません。
児童手当はもともと子供の監護権者が受け取るべき公的給付ですから、婚姻費用とは別で、妻に支払われるべきものです。婚姻費用から控除することはできませんし、婚姻費用算定の際に、妻や夫の収入に含めることもできません。
さらに言えば、できれば児童手当の受取人は妻に変更するべきでしょう。
通常、児童手当というのは「生計を維持する程度が高い人」に対して給付されますので、父母が同居している場合は、父親(夫)が受取人になることが多いです。
これに対して、「別居中の両親が生計を同じくしていない場合(離婚または離婚協議中につき別居している場合)」には、児童と同居している方の親に児童手当が給付されます。(厚生労働省ページ)
しかし現実問題として、まだ婚姻中の場合は、児童手当の受取人を変更するのはそう簡単ではありません。単に「別居した」というだけでは、通常は受取人の変更はできません。例えば、夫が単身赴任したというだけでは、受取人の変更は認められません。
受取人を変更するためには、夫の方から役所に対して「児童手当受給事由消滅届」を提出して貰う必要があります。つまり夫の協力が必要です。
既に離婚調停や離婚訴訟が開始している場合は、「離婚協議中であること」を証明できる裁判所の書類などがあれば、妻だけでも役所で受取人の変更ができることが多いです。
しかし、単にまだ「別居しているだけ」「婚姻費用分担調停をやっているだけ」であれば、夫に受給事由消滅届をして貰わなければなりません。この辺りは、調停委員に頼むなどしてうまく説得して貰うのも1つの方法です。また市役所によって取り扱いが異なることもありますので、最寄りの市区町村の窓口にも確認してください。
学資保険の保険料については、そもそも婚姻費用の算定に考慮されません。
つまり妻名義の学資保険であれば、妻が支払うべきものですし、夫名義の学資保険であれば、夫が支払うべきものです。夫名義の学資保険について、「俺が学資保険を支払ってるんだから、その分、婚姻費用を減らすぞ」と勝手に控除することはできません。
しかし逆にいえば、妻の方から「婚姻費用とは別に学資保険も払ってくれ」ということを強制することもできません。
学資保険というのは、いわば貯蓄のようなものですから、夫婦の財産の話です。日々の生活費である婚姻費用とは関係ありません。もし「夫婦共有の財産だから妻も負担するべき」というのであれば、財産分与等で清算すべきであって、婚姻費用とごちゃ混ぜにする問題ではありません。
この点については、住宅ローンのときにした話(こちら)と同じですね。
ただし実際問題として、夫が「婚姻費用の中から保険料を支払わないなら、もう学資保険は解約するぞ」ということは自由ですから、妻だけが学資保険の継続を希望しているのであれば、事実上、婚姻費用から保険料の控除を認めざるをえない場合はあります。
要するに「学資保険を継続したい方が負担する」だけの問題です。婚姻費用とは関係がありません。
調停や審判を申し立てて婚姻費用を貰うまでの流れ
婚姻費用は、原則として、「調停を申立てたとき」から請求できます。過去の分までさかのぼって請求することはできませんので注意してください。
学説や判例では、「別居を開始したときから」「一度でも妻が夫に請求したときから」「内容証明郵便を送ったときから」という説や、逆に「審判が確定したときから」とする説もありますが、実務上は、ほぼ「調停を申立てたときから」で定着しています。
なので、婚姻費用を請求したい場合は、まずは少しでも早く婚姻費用分担調停を申立てることが大事です。
「まずは内容証明郵便を送ろう」みたいなサイトも多いですが、あまり意味があるとは思えません。上記のように内容証明郵便を送った時点からの請求が認められるとは限りませんし、いずれ調停をする予定なのであれば、いきなり調停や審判を申立てればいいだけです。
基本的には、裁判所のページ をご覧ください。申立書の記載方法、管轄の裁判所、申立費用など、必要な説明はそちらを見た方が確実です。
いくつか注意しておくべき点だけ補足します。
まず「離婚調停」と「婚姻費用分担調停」は別ものです。離婚調停のなかでは、養育費・親権者・財産分与・慰謝料等について、まとめて話し合うことができますが、離婚時までの婚姻費用分担の話し合いだけは一緒にできません。
なので、離婚調停も同時に申立てるのであれば、申立書は2通必要です。
また離婚調停が不成立になった場合は、次に訴訟を申立てる必要がありますが、婚姻費用の分担調停が不成立になった場合は、自動的に審判に移行します。この辺りは、以下の記事でかなり詳しく説明しています。
また上の記事でも説明していますが、婚姻費用分担の請求は「審判事件 別表第二」に分類されるものなので、調停をやらずに、いきなり最初から審判を申立てることもできます。
「話し合っても意味がないな」「調停にしても出席しないだろうな」と思う場合は、いきなり審判を申し立てても構いません。(ただし裁判官が「先に調停をやるべきだ」と判断すれば、調停に戻されます)
調停が成立したり、審判によって婚姻費用が決定した後は、家庭裁判所が作成した調停調書や審判書は債務名義 ※ になります。もし夫が約束通りの婚姻費用を支払ってくれない場合は、強制執行することもできます。
実際には、まずは「履行勧告」や「履行命令」を裁判所にお願いする人が多いようです。(裁判所ページ)
履行勧告 | 履行命令 |
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履行勧告は、相手が調停や審判で決めた支払いをしてくれない場合に、裁判所の方から「履行勧告書」を送って履行を催告して貰う方法です。特に強制力があるわけではありませんが、裁判所からの郵送物ということで、一定の心理的効果があります。 | 履行命令も、同じく裁判所から「支払いをしなさい」という書面を送ってくれる制度です。こちらは履行勧告よりもやや厳しく、支払わない場合には10万円以下の過料制裁があります。ただし実際に過料が課されることは稀です。 |
履行勧告 |
---|
履行勧告は、相手が調停や審判で決めた支払いをしてくれない場合に、裁判所の方から「履行勧告書」を送って履行を催告して貰う方法です。特に強制力があるわけではありませんが、裁判所からの郵送物ということで、一定の心理的効果があります。 |
履行命令 |
履行命令も、同じく裁判所から「支払いをしなさい」という書面を送ってくれる制度です。こちらは履行勧告よりもやや厳しく、支払わない場合には10万円以下の過料制裁があります。ただし実際に過料が課されることは稀です。 |
どちらも裁判所から勧告や警告が届くことになるので、心理的な威圧効果はあります。しかし強制力はありませんので、明らかに夫に任意で支払う意思がないようであれば、最初から強制執行を申立てるのも1つの方法です。
婚姻費用を強制執行で取立てる方法
なお、強制執行を申立てるためには、まず自分で夫の銀行預金の口座、勤務先などを特定する必要があります。銀行預金であれば、銀行名・支店名までは頑張って特定しなければなりません。
また夫が持ち家を所有している場合は、不動産執行を申し立てて競売にかけるという方法もあります。ただしこの方法は、まだ住宅ローンがたくさん残っていてオーバーローン状態の場合は、銀行の抵当権が優先されますので意味がありません。
婚姻費用の強制執行では、給与差押えが一番多い
実際には、夫の勤務先の給与を差押えるというパターンが一番多いでしょう。
通常の場合、給与差押えというのは差押禁止債権なので、手取額の1/4までしか差押えが認められていません。ところが婚姻費用の差押えであれば、最大で手取額の1/2まで差押えることが可能です。
また本来であれば、強制執行というのは既に期限の到来した分(滞納分)についてしか開始することができません。
しかし婚姻費用の場合は、将来の分まで強制執行を開始することが認められています。つまり毎月、滞納があるたびに強制執行を申立てる必要がなく、一度、執行開始が決定すれば、夫が転職しない限りずっと給与を差押え続けることも可能です。
この2つは、主に婚姻費用と養育費だけに認められた反則級の特権です。このような特権があるためか、養育費や婚姻費用の未払いによる差押えは、圧倒的に給与が狙われることが多いです。
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