預金を差押えても銀行の貸付金との相殺が優先される?

強制執行による債権差押えの手続きで、せっかく相手の債務者の銀行預金を差押えたとしても、もし債務者がその銀行からもお金を借りていた場合、銀行の貸付金と預金との相殺が優先されます。例えば、銀行の貸付金が300万円、預金が200万円、強制執行をした債権者の差押金額が100万円の場合、先に銀行預金を差押えたとしても、銀行が自行の貸付債権と預金を相殺してしまいますので、通常、差押えをした債権者は1円も回収することができません。

債権執行による差押えと第三債務者の相殺
ねえねえ、先生ー!
債務者にお金を払って貰うために、頑張って銀行預金を特定して差押えたんだけど、銀行から「先に貸付金と相殺するので弁済できません」っていう陳述書が返ってきたんだけど・・・こんなのアリ?
まあ銀行も、自分自身が債務者にお金を貸している場合は、貸付金と預金を相殺する権利があるからね。相殺するには、貸付金の返済期限が到来してないとダメだけど、普通は「差押えを受けたら 期限の利益※ を喪失する」って条項が契約書に入ってるから問題ないでしょ。
うーん、それは前の 相殺の記事 でも勉強したからわかるんだけど・・・、でもイマイチ納得いかないのは、私の方が先に銀行預金を差押えてるのに、なんで銀行の相殺の方が優先できるの? しかも私が貸してる債権の方が返済期日は早いんだよ?
うーん、まあ「差押えよりも前から貸付債権を持っている限り、第三債務者は、差押えをされた後でも相殺権を行使できるっていうのは、もう過去の最高裁判例で決着していることだからね。どっちの債権の返済期日が先か?っていうのも関係ないんだ。
  • 一般に銀行の貸付金は、預金が差押えられた時点で期限の利益を喪失する
  • 銀行は、預金の差押えを受けた後でも優先的に自分の貸付金を相殺できる
  • ただしその債権は差押えを受ける時点より前から保有してるものに限る
  • 差押えをした債権者と、銀行の貸付金との、返済期限の前後は関係ない
  • 差押え後に取得した債権については、差押債権者に相殺を対抗できない

銀行は差押えよりも優先的に自行債権を相殺できるの?

銀行預金を差押えるためには、事前にいくつものハードルがあります。

例えば、裁判所に差押命令をお願いするためには、まず 債務名義※ という公的書面が必要です。債務名義を取得するためには、訴訟をおこして勝訴したり、裁判所で和解を結んだり、公正証書を作成したりと非常に手間がかかります。(参考:「強制執行に必要な債務名義を取得する方法」)

強制執行をするには債務名義が必要

また無事、債務名義を取得して裁判所に強制執行を申立てようと思っても、相手の銀行口座がどこにあるのかわからなければ、強制的な取立てはできません。差押えるための相手の財産は、自分で調査して特定しなければなりません。(参考:「預金口座の差押えに口座番号や支店名は必要?」)

このような事前のハードルを乗り越えて、裁判所に差押命令を申立てて、他の債権者よりも早く預金口座を差押えたとしても、ある問題により差押えた預金が回収できなくなることがあります。それが銀行による「相殺」の手続きです。

銀行の貸付金は、差押えにより期限の利益を喪失する

相殺というのは、自分と相手がそれぞれ対立する金銭債権を持っている場合に、それを互いに同じ金額で消滅させる手続きのことをいいます。

相殺の説明図

この相殺については、基礎的なところは以下の記事を参考にしてください。

ご存知のように相殺というのは、相殺適状(相殺をするための要件)を満たしてさえいれば、どちらか一方の意思表示だけで実行できます。

ただし銀行側から相殺を言い出すためには、自行の貸付債権について既に弁済期が到来していなくてはなりません。つまり、まだ契約上の返済日が来てもいない貸付金を、勝手にお客の預金と相殺することはできません。

相殺の条件の図

そのため、一般の債権者が差押えをした時点でまだ銀行の貸付金の返済日が来ていない場合は、一見、この時点で銀行が「相殺をする」ことはできないような気がします。

しかしこの点について銀行側は、最初からうまく手を打ってあります。

つまり貸金契約を結ぶ際に、必ず「期限の利益喪失」という条項を盛り込んで、「もし債務者の預金に何らかの差押えや仮差押えなどを受けた場合は、ただちに残額を一括返済すること」という特約を結んでいるのです。

銀行の契約書には、大体、以下のような文言が必ず盛り込まれているのです。

期限の利益喪失の条項

第○条 期限の利益喪失

借主が次の各号のいずれかに該当した場合には、借主は、当社からの通知・催告等がなくても本債務全額につき、当然に期限の利益を失い、直ちに元利金等全額を支払うものとします。

(4)借主の預金、その他の当社に対する債権について、仮差押え、保全差押または差押の命令、通知が発送されたとき。

 
つまり全く関係のない債権者が銀行預金を差押えたとしても、とにかく差押えがあった時点で、銀行からの債務者に対する貸付金についても、その全額について即時に弁済期が到来することになるのです。

そのため、銀行は差押えがあったその瞬間から、「貸付金と預金を相殺する」権利が生じることになります。

預金が差押えられた時点で期限の利益を喪失-説明図

銀行による相殺が、差押の債権者よりも優先される理由

さて、ここまで説明したように、「銀行の貸付金の返済期日に関係なく、他の債権者が預金を差押えた時点で銀行は相殺が可能になる」ということはわかったと思います。

問題はその「銀行側の相殺する権利」が、差押えの債権者よりも優先されるのかどうか?です。

これについては、既に過去の判例で完全な決着が付いており、銀行の貸付債権が、差押えよりも前から存在している限り、銀行は差押えの債権者よりも優先して相殺ができることに決まっています。

差押えより優先して相殺権を行使

例えば、債務者の預金残高が100万円あり、平成27年3月1日に銀行から200万円を借りているとします。この200万円の返済期日は平成29年3月1日です。一方、他の一般の債権者が平成28年2月1日に、自身の売掛金50万円(支払期限:平成27年9月)の回収のためにこの預金を差押えたとします。

この場合でも、まずは銀行が自行債権との相殺により預金100万円を総取りし、差押えをした債権者は1円も回収できない、ということになります。

差押債権者が相殺により回収できない例

この判例は、昭和45年6月24日に最高裁が示したものです最高裁判例ページ。その主な要点だけを引用すると、以下のようになります。

最高裁の判例の要点箇所の引用まとめ(※クリックタップで開閉)

簡単にいうと「債務者の行為に関係のない、銀行のみによる行為は差押命令によっても制約を受けない」「相殺権の行使も、差押えを受けたというだけで、当然に禁止されるわけではない」「債権者の差押えよりも後に、銀行が貸したお金や取得した債権については相殺はできないが、これはあくまで例外規定である」という話ですね。

そのため要点をまとめると、(1)銀行がお金を貸したのが(貸付債権を取得したのが)差押えよりも前である限り、(2)どっちの債権者の弁済日が先か?に関係なく、(3)相殺の条件さえ満たしていれば、銀行は差押えよりも後でも優先的に相殺ができる、ということです。

差押えより相殺が優先できる場合のポイント-イラスト

ちなみに、差押えよりも後に銀行が取得した債権については、銀行は差押債権者よりも優先して相殺をすることはできませんが、これについては民法でちゃんと明文があります。

【民法511条】

支払の差止めを受けた第三債務者は、その後に取得した債権による相殺をもって差押債権者に対抗することができない。(民法511条

これは当たり前ですよね。既に差押えがされていることを知っていながら、新たにその債務者にお金を貸し付けているわけですから、さすがにこの貸付金を差押えよりも優先して相殺することはできません。

銀行が優先的に相殺をする場合は、その旨が陳述書で届く

強制執行(債権執行)により銀行預金を差押えた場合は、それと合わせて銀行に「陳述の催告※」をするのが一般的です。

これは、差押えの申立ての時点では、債権者には「その銀行口座にいくらの預金があるのか?」「他の債権者による先行の差押えはあるのか?」といった情報が何もわからないため、取り急ぎ、銀行から「預金残高はあるか?」「他の債権者による差押えはあるか?」「弁済する意思はあるか?」といったことを回答して貰うためですね。

手続きとしては、裁判所に差押命令を申立てたときに、一緒に「陳述の催告」を申立てておけば、裁判所から銀行に所定の陳述書が送られますので、銀行側は、2週間以内にその陳述書に回答して返送する、という流れになります。

陳述書の例-図

もし銀行側に、自分たちにも貸付金があって、「差押えよりも優先して相殺をしたい」という意思がある場合は、通常、この陳述書にそのことが記載されます。

例えば、「弁済しない理由」という記入項目に、「債権者に対して反対債権を有しているため、将来相殺する予定である」(または「既に×月×日に相殺した」)といった内容があらかじめ陳述書で届けられるはずです。

これにより、預金の差押えが空振りになってしまった場合は、債権者としては一度、差押命令を取下げて、また別の預金や債権の差押えを申立てるしかありません。

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