銀行預金が差押えられた場合の対応や解除方法はある?

銀行預金が差押えられると、裁判所から銀行に差押命令が届いた時点で、請求金額が強制的に口座から引き落とされます。支払督促などを無視していたら「ある日、預金残高が突然0円になっていた!」と真っ青になる方も多いです。この記事では、銀行の預金口座が差押えられてしまった場合に、債務者としてどのような対応の選択肢があるのか、解除方法はあるのか?などを解説します。(なお、この記事で解説するのは「裁判所命令による差押え」の話です。税金の滞納処分による差押えはまた別の話なので注意してください)

預金口座が差押えられた場合の対応方法は?
ねえねえ、先生ー!
銀行の預金口座が突然、差押えられて預金残高が0円になっちゃったんだけど・・・、何か対応策というか、差押えを解除する方法はないのかなー?
差押えによって引き落とされてしまった預金は、1週間は銀行で管理される。ただ1週間が経過すると、債権者は差押えた預金の取立てが可能になるんだ。だから、もし何か不当な差押えをされた場合で、対抗措置(救済措置)を取るなら1週間以内にしないとダメだね。
えーっ、1週間しか時間がないのか・・・。
でも銀行さんに文句言っても意味ないんだよね。もし差押えされたことに納得いかない場合は、やっぱり裁判所に抗議することになると思うけど、それって執行抗告であってるの?
いくつか対抗方法は種類があるね。執行抗告、執行異議、請求異議の訴え、執行文付与に対する異議の訴え、とかかな。この辺りの違いは長くなるから後で説明するね。ただ大事なのは、これらを申立てただけでは強制執行を停止する効力はないってことだね。
ええぇーっ!
それってつまり、執行抗告とかをしても、1週間以上が経過したら差押えられた預金は、債権者さんに取られちゃうってことだよね・・? じゃあ意味ないじゃん!
正当な理由があって、それを証拠の書面とかで疎明できる場合には、裁判所が職権で執行処分の停止を命じてくれる可能性はあるけどね。ただ、時間稼ぎを目的にした抗告とか、正当な理由はあるけどすぐに証明することができない場合は、強制執行は止められない。
そうなんだ・・・。
じゃあ、国民年金とか給与の全額みたいに、差押禁止債権のはずなのに、銀行預金に振り込まれた直後に全額を差押えられちゃった場合はどうなのー? 何か対策はないのー?
差押禁止債権であっても、いったん銀行に振り込まれた後は、ただの「預金債権」に変わっちゃうから、原則、全額を差押えても何も問題はない。ただ、それがないと生活できない場合は、裁判所に差押範囲の変更の申立てができる可能性があるよ。
  • 預金差押えは一度引き落とされて終わり。その後の入金分には影響しない
  • 債権者からの弁済証明や返済の猶予書面があれば、執行は停止できる
  • 執行抗告、請求異議の訴え、いずれも取立てを阻止(中断)する効力はない
  • 上記で裁判所が必要と判断した場合は、裁量で執行停止を命じることは可能
  • 預金の原資が年金など差押禁止債権の場合、差押範囲変更の申立てが可能
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銀行預金が差押えられた場合は、基本的に解除は難しい

銀行預金の差押えというのは、給与差押えのように何カ月にも渡って続くようなものではなく、差押えの時点で口座にある残高を1度だけ引き落として終わりです。そのため、そもそも「強制執行を停止する」「解除する」という概念があまりありません。

預金口座の差押え後も、銀行口座への入金や出金は可能ですし、差押え後に新しく入金された分まで自動的に差押えられることはありません。

差押命令の送達時に存在する預金だけが差押対象-説明図

これについては以下の記事で詳しく解説しています。

なので預金債権の差押えを「解除したい」「停止したい」という方の質問の多くは、「差押えによって引き落とされてしまった預金を、債権者に引き渡さずに、返して貰う方法はないか?」という意味でおっしゃっていると思います。

最初に結論からいうと、これは、残念ながらほとんどのケースでは難しいです。

債権者に取り下げて貰う、執行抗告や請求異議の訴えをおこす、などの方法もあるがいずれも難しい。-説明図

預金の差押命令に対しては、「執行抗告」「請求異議の訴え」「執行文付与の異議の訴え」などいくつかの方法がありますが、いずれも強制執行(取立て)を停止させる効力はありませんし、当然ながら、正当な理由がなければ裁判所に却下されて終わりです。

「生活していくのに必要な年金などの差押禁止債権を、預金として全額差押えられてしまった」という場合には、差押禁止債権の範囲変更の申立てができる可能性はありますが、これも相当スピーディーに進めないと、債権者の回収が完了してしまった後だと難しくなります。

これについては後半で解説します。





預金差押えなどの強制執行を停止する具体的な方法は?

まず預金差押えを停止(または解除)できるとしたら、どのようなパターンがあり得るのか?について解説しましょう。

銀行預金は、裁判所から「差押命令」が送達された時点で、口座から請求額が引き落とされますが、それは直ちに債権者に渡るわけではありません。いったん、銀行が「差押口」という別口座に移して管理しているだけです。

銀行は差押えた預金を差押口で管理する-図

実際に債権者がそれを回収できるようになるのは、裁判所から債務者に差押命令が送達されてから1週間後です。これは債務者に反論(不服申立て)をする機会を与えてあげるためです。

【民事執行法155条】

1.金銭債権を差し押さえた債権者は、債務者に対して差押命令が送達された日から一週間を経過したときは、その債権を取り立てることができる。ただし、差押債権者の債権及び執行費用の額を超えて支払を受けることができない。(民事執行法155条

債務者に差押命令の通知が届いてから1週間が経過すると、債権者に取立権が発生します。そのため、もし正当な理由があって差押えの停止や解除をしたいのであれば、1週間以内に何らかの行動を取らないと、銀行は差押えた預金を債権者に支払ってしまうことになります。

差押命令から1週間で、債権者は取立てが可能に-図

預金の強制執行を停止、または解除させる方法としては、大きくわけて4つ考えられます。

1つ目は執行裁判所に対して、強制執行の停止文書を提出する方法。2つ目は執行裁判所に対して、執行抗告や執行異議を申し立てて、裁判所の裁量(職権)で執行を停止して貰う方法。
3つ目は、請求異議や執行文付与への異議の訴えを提起して受訴裁判所に強制執行を停止して貰う方法、4つ目は債権者と交渉して差押命令を取り下げて貰う方法です。

全体像としては、以下のようになります。

預金差押えの執行を停止する方法・パターン-説明図

この時点では意味がわからなくても大丈夫です。以下、順番に説明していきます。

クリックタップで該当箇所に移動できます。

強制執行の停止文書を提出して差押えを止める方法

法的に強制執行を停止する効力のある文書を、執行裁判所(差押命令を出している裁判所)に提出することにより、預金の差押えを停止する方法です。

民事執行法39条1項によると、以下の書面を提出することで強制執行を停止することができます。(主なものだけを記載しています。全てを確認する場合は、実際の条文をご参照ください。)

差押えを停止できる書面

(1)強制執行を免れるために担保を立てたことを証する文書
(2)強制執行の停止および執行処分の取消しを命じる裁判の正本
(3)強制執行の一時停止を命じる旨を記載した裁判の正本
(4)債務名義の成立後に弁済を受け、または弁済の猶予を承諾した旨の文書

参考:民事執行法39条 強制執行の停止

具体的にいえば、既に債権者への支払いを済ませたことを証明する「弁済証書」や、債権者から支払い猶予を貰ったことを証明する「弁済猶予の書面」、自己破産や個人再生の申立て後に、裁判所に強制執行の中止を申立てた場合の「強制執行の中止命令」の正本、などですね。

例えば、訴訟で確定判決を取られたり、支払督促で仮執行宣言が付された後に、債権者から「もう少し支払いを待ってあげる」という内容の猶予書面を受け取っていたり、あるいは既に債務を支払い終わっており、領収書など弁済を証明する書面を受け取っている場合は、それを証拠として提出すれば、強制執行は停止できます。

自己破産手続きとの関係

債務者が自己破産、個人再生などの手続きを申立てている場合は、それらの手続きが裁判所により開始決定されれば、強制執行の手続きは中断できます。

自己破産の場合は、管財事件なのか、同時廃止なのかでも異なります。管財事件の場合は破産の開始決定と同時に強制執行は「失効」します。つまり効力を失います。一方、同時廃止の場合は、開始決定とともに強制執行は「一時中断」し、最終的に免責決定がされれば、「失効」します。

自己破産が開始されたときの強制執行の扱い-図

また、自己破産手続きを裁判所に「申立てただけ」の段階では、原則、強制執行は中断しません。ただし破産手続きの申立てと合わせて、「強制執行の中止」を申立てた場合で、かつ裁判所がそれを必要と判断した場合には、「強制執行の中止命令」を出して貰うことができます。

段階 管財事件の場合 同時廃止の場合
申立て 原則、強制執行は中断しない。ただし裁判所に強制執行の中止を申し立てて、裁判所が必要と判断した場合は、裁判所は職権で中止命令を出せる(破産法24条)。 原則、強制執行は中断しない。ただし裁判所に強制執行の中止を申し立てて、裁判所が必要と判断した場合は、裁判所は職権で中止命令を出せる(破産法24条)。
開始決定 強制執行の手続きは「失効」し、最初から無かったことになる(破産法42条)。預金は破産財団に属することになり、破産債権者に配当されるか、金額が少ない場合は自由財産として債務者の手元に戻る(※参考記事 強制執行の手続きは「中止」する(破産法249条)。預金は、破産手続きが終わるまでの間、そのまま銀行に留保される。
免責確定 免責が確定した場合は、強制執行は「失効」する(破産法249条2項)。最初から無かったことになり、非免責債権でない限り、預金は自由財産として債務者の手元に戻る。
管財事件の場合
申立て時
原則、強制執行は中断しない。ただし裁判所に強制執行の中止を申し立てて、裁判所が必要と判断した場合は、裁判所は職権で中止命令を出せる(破産法24条)。
開始決定の時
強制執行の手続きは「失効」し、最初から無かったことになる(破産法42条)。預金は破産財団に属することになり、破産債権者に配当されるか、金額が少ない場合は自由財産として債務者の手元に戻る(※参考記事
同時廃止の場合
申立ての時
原則、強制執行は中断しない。ただし裁判所に強制執行の中止を申し立てて、裁判所が必要と判断した場合は、裁判所は職権で中止命令を出せる(破産法24条)。
開始決定の時
強制執行の手続きは「中止」する(破産法249条)。預金は、破産手続きが終わるまでの間、そのまま銀行に留保される。
免責確定の時
免責が確定した場合は、強制執行は「失効」する(破産法249条2項)。最初から無かったことになり、非免責債権でない限り、預金は自由財産として債務者の手元に戻る。

 
これは少し専門的な話になるので、以下の記事で解説しています。

ただし、預金差押えの阻止を目的として自己破産を申立てることは、当然、全く意味がありません。そもそも1週間程度の準備で申し立てられるような手続きではありませんし、上記のように申立ての段階で執行停止処分が認められるとも限りません。

自己破産の開始決定が認められれば、確実に預金債権の差押えは停止しますが、申立てから開始決定までに時間がかかる場合は、それまでに債権者が銀行から預金を取立ててしまう可能性が高いです。また、差押えを中止できたとしても預金額が大きければ、結局は破産手続きによって処分されてしまいます。

個人再生手続きとの関係

個人再生とは、裁判所の決定を受けて借金を減額する民事再生手続きのことですが、これも自己破産の場合とほぼ同じです。

個人再生を申立てただけでは、原則として強制執行は中断されませんが、手続きが開始決定されれば、強制執行手続きは「中止」します。また最終的に再生計画の認可が確定した場合は、強制執行手続きは「失効」します。

個人再生が開始されたときの強制執行の扱い-図

詳細は以下の記事をご確認ください。

これらの自己破産、個人再生の申立てに伴う「中止命令の正本」などは、最初の「強制執行の停止文書」にあたりますので、この中止命令の正本を、今度は執行裁判所(差押命令を出している裁判所)に提出することで、預金差押えを停止して貰うことができます。

結果、まだ預金が債権者に支払われる前であれば、預金は(個人再生、破産手続きが終わるまで)銀行に留保されます。既に支払われた後であれば、取り返すことはできません。

執行裁判所に「執行抗告」や「執行異議」を申立てる方法

預金の差押命令に対しては、法律上、執行抗告が認められています。そのため、債権者の差押命令の申立てが「法令に違反するもの」であるときなど、正当な理由がある場合は、執行抗告を申立てることができます。

なお、執行抗告と執行異議の違いは以下のようになります。基本的には、差押命令に対抗する場合は「執行抗告」です。最初から執行異議はあまり使いません。

執行抗告 執行抗告は、執行手続きに対する不服申立てを、上級審(高等裁判所など1つ上の裁判所)に申立てる手続きです。執行抗告ができるのは、差押命令、転付命令など民執法で「執行抗告ができる」と規定された処分に限られます。
執行異議 執行異議は、執行手続きに対する不服申立てを、執行裁判所(差押命令をだしている裁判所)に申立てる手続きです。執行異議は、執行抗告が許されていない処分に対しておこなう不服申立ての方法です。
執行抗告
執行抗告は、執行手続きに対する不服申立てを、上級審(高等裁判所など1つ上の裁判所)に申立てる手続きです。執行抗告ができるのは、差押命令、転付命令など民執法で「執行抗告ができる」と規定されたものに限られます。
執行異議
執行異議は、執行手続きに対する不服申立てを、執行裁判所(差押命令をだしている裁判所)に申立てる手続きです。執行異議は、執行抗告が許されていない処分に対しておこなう不服申立ての方法です。

 
まず重要なポイントとして、執行抗告をしても強制執行を停止する効力はありません。

もし執行抗告をするだけで執行手続き(債権者による預金の取立て)が中断するのであれば、単なる時間稼ぎや遅延を目的とした権利濫用による執行妨害が横行してしまうことになります。そのため、執行抗告をしただけでは、原則として執行は停止しないのです。

執行抗告で差押が中断できると執行妨害に繋がる-図

ただし理由が明らかに正当なものである場合などは、裁判所が職権(裁量)により執行手続きの停止を命じることができます。なので、強制執行が停止できるかどうかは裁判所の判断次第ということになります。

【民事執行法10条】

1.民事執行の手続きに関する裁判に対しては、特別の定めがある場合に限り、執行抗告をすることができる。
6.執行裁判所は、執行抗告についての裁判が効力を生ずるまでの間、担保を立てさせ、若しくは立てさせないで原裁判の執行の停止、もしくは(略)を命ずることができる。(民事執行法10条

もちろん当然ですが、執行抗告には正当な理由が必要です。

差押命令の何が問題なのかを具体的に記載した「抗告状」(または理由書)を提出しなければならず、法令違反であれば、「どの法令に具体的に違反しているのか?」、事実誤認であれば、「どの事実が誤っているのか?」を摘示しなければなりません(民事執行規則6条)。

差押えが「違法」な場合は執行抗告

ちなみに間違った強制執行には、「違法執行」と「不当執行」の2つがありますが、基本的には、執行抗告は「違法執行」に対して行うべきものとされています。つまり、差押命令が「違法な手続き」によってされている場合には、対抗措置として執行抗告を選択します。

違法執行 民事執行法上の強制執行に、法律違反が存在する場合。例えば、差押禁止債権の差押え、執行力のない債務名義による差押えなど。
不当執行 執行法上は適法だが、実体法として違法である場合。例えば、債務名義の取得後に、既に弁済を終えたにも関わらず、債務名義を理由に強制執行する場合
違法執行
民事執行法上の強制執行に、法律違反が存在する場合。例えば、差押禁止債権の差押え、執行力のない債務名義による差押えなど。
不当執行
執行法上は適法だが、実体法として違法である場合。例えば、債務名義の取得後に、既に弁済を終えたにも関わらず、債務名義を理由に強制執行する場合

 
違法な差押えというのは、例えば、生活保護の扶助費の差押えなどですね。

生活保護の差押えは、受給権だけでなく、既に支給された保護金品についても差押えが禁止されています(生活保護法58条)ので、たとえ預金債権になっていても差押えることはできません。

一方、例えば、支払督促で請求されている借金を既に支払ったにも関わらず、相手が債務名義をもとに強制執行をかけてきている、などの不当な差押えの場合は、執行抗告ではなく、後述する「請求異議の訴え※」をするのが一般的です。

間違った強制執行に対する対抗方法-図

執行抗告が相応しくない場合

執行抗告の場合は、前述のように「差押えを停止させるかどうか?」は裁判所の裁量次第であり、停止されない場合もあります。停止されない場合は、1週間が経過すれば、債権者は取立て権を行使して銀行から預金を引き出してしまいます。

執行抗告は、差押命令を「取消してくれ」「変更してくれ」といって争う裁判ですから、先に取立てられてしまったら意味がありません。

預金を引き出された後だと、抗告審をしても、「既に取立てにより事件が終了しており、取消すべき差押命令は存在しない」と言われて終わってしまう可能性があるわけですね。法律の初心者の方からすると「・・・え?えぇ?」という気持ちになると思いますが。

取立てが終わってしまうと抗告の意味がなくなる-図

これについては、以下に興味深い質問掲示板の投稿があったので紹介しておきます。

こちらのリンク先のケースを簡単に要約すると以下のようになります。

執行抗告に意味がなかったケース

実際には既に債務を支払っている、または支払えない原因が債権者側にある、という事情で、預金口座を不当に差押えられた方の話です。

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不当な差押えだったかどうか?の真偽はわかりませんが、このようなケースでは、請求異議の訴えをするとともに、既に支払った証拠が残っているのであれば、それを提出して「強制執行の停止」を申立てなければいけなかったわけですね。

なお、この後の選択肢としては、「不当利得の返還請求訴訟」として争そうことができます。しかし一度、取立てられてしまった後だと、回収の難易度が飛躍的に上がることは言うまでもありません。正しい法律の知識がないと、このように翻弄されてしまうことになるわけですね。。。

執行抗告が却下される場合

さて、執行抗告は当然どんな理由でも認められるわけではありません。以下に該当するときは、執行抗告は却下されます。

【民事執行法10条】

5.次の各号に該当するときは、原裁判所は、執行抗告を却下しなければならない。(民事執行法10条

(1)抗告人が執行抗告の理由書を提出しなかったとき
(2)執行抗告の理由の記載が明らかに前項の規程に違反しているとき
(3)執行抗告が不適法であって、その不備を補正することができないとき
(4)執行抗告が民事執行の手続きを不当に遅延させることを目的としてされたとき

繰り返しますが、この間、執行手続きは中断されていませんので、前述のように「明らかに却下されるような執行抗告」をしても、何の時間稼ぎにも悪足掻きにもなりません。

また、もし執行抗告をする場合は、差押命令の送達時点から1週間以内にしなければなりません(民事執行法10条2項)

請求異議や執行文付与に対する異議の訴えで争う方法

請求異議の訴えは、そもそもの債務名義(確定判決、仮執行宣言付き支払督促など)での、請求権の存在や内容について異議がある場合におこす裁判です。

先ほどの「違法執行」「不当執行」の話でいうと、不当執行にあたる場合には、この請求異議の訴えをおこないます。例えば、少額訴訟で確定判決を取られた後に、ちゃんと支払ったにも関わらず、確定判決で二重に強制執行をかけてくるようなケースは、形式上は適法でも、実際には違法な「不当執行」となります。

不当執行の例 ~ 返済した後に強制執行される場合-イラスト

このような場合には、民事執行法35条にもとづいて「請求異議の訴え」をおこすのが適切です。

【民事執行法35条】

1.債務名義に係る請求権の存在または内容について異議のある債務者は、その債務名義による強制執行の不許を求めるために、請求異議の訴えを提起することができる。裁判以外の債務名義の成立について、異議のある債務者も同様とする。(民事執行法35条

他にも、例えば離婚協議などで執行証書(公正証書で債務者が強制執行に服する旨を同意したもの)がある場合でも、その「執行受諾の意思表示について錯誤があったため無効だ!」と主張したい場合などには請求異議の訴えが用いられます。

この請求異議の訴えも、残念ながら自動的に強制執行を停止させる効力はありません

ただし請求異議の訴えの場合は、主張したい事情について法律上の理由があり、かつその事実を証明する証拠の提出などがあれば、受訴裁判所(請求異議の訴えを受けた裁判所)に強制執行の停止を申立てれば、裁判所は強制執行の停止を命じることができます。

裁判所は職権(裁量)で、強制執行を停止できる-図

実際に差押えを中止できるかどうかは、やはり裁判官の判断次第になります。

【民事執行法36条】

1.請求異議の訴えの提起があった場合において、異議のため主張した事実が法律上理由があるとみえ、かつ、事実上の点について疎明があったときは、受訴裁判所は、申立てにより、(中略)、担保を立てさせ、もしくは立てさせないで強制執行の停止を命じ…ることができる。(民事執行法36条1項

請求異議の訴えは、「そもそもの請求権の存在や内容について争そう裁判」なので、預金差押えによる執行手続きとは、あくまで別の話として進行します。

そのため、執行停止の申立てが却下されてしまった場合は、差押えられた預金の取立ては進行してしまいますが、前述の執行抗告のように「既に取立てが終了しているので、取消すべき差押命令は存在しない」といって審理が終了してしまうことはありません。

債権者に預金を取られてしまった後も、引き続き、請求異議の争いを継続することができます。その結果、もし「執行が間違ったものだった」という話になれば、債権者が取立てた預金は不当利得になりますので、不当利得返還や損害賠償請求が可能になります。

請求異議の訴えで争える内容

相手の債権者が、確定判決を理由に預金差押えなどの強制執行をかけている場合、請求異議の訴えで争うことができるのは、「確定判決よりも後に生じた事由」に関してだけ、です。

つまり、既に訴訟で争そって確定判決が出た内容について、それをまた蒸し返して争うことはできません。

請求異議の訴えで争うことができる事由-図

例えば、既に離婚裁判をして「夫は慰謝料として300万円を支払え」という判決が出て、その判決が確定したとします。このケースで、妻が確定判決を理由に預金の差押えを実行した場合、夫としては請求異議の訴えで、「いや、やっぱり慰謝料300万円の判決はおかしい」と争うことはできません。

請求異議の訴えができるのは、確定判決よりも後に生じた理由、例えば、「裁判で決着した後に、俺はちゃんと300万円を払ったのに、妻がさらに確定判決で預金を差押えてきた」というような理由がある場合に限られます。

法律的にいうと、「確定判決が債務名義の場合は、異議事由は口頭弁論終結後に生じたものでなければならない」ということです。

執行文付与に対する異議の訴え

これは主に条件成就執行文などに異議がある場合の、対抗措置(救済措置)ですね。

つまり「もし将来、~した場合には、300万円を支払う」という条件付きの債務名義がある場合で、相手は「その条件が揃った」として強制執行をかけているが、こちらとしては「その条件はまだ成立していない」といって争う、といったケースです。

執行文付与に対する異議の訴えの例-図

例えば、離婚の財産分与に関する公正証書で、「将来、退職金が支給されたときには、○○万円を妻に支払う」という内容の公正証書であれば、元妻は「既に退職金が支給されたこと」の事実を証明する書類を公証人に提出して、条件成就執行文を付与して貰います。

これにより、元妻は公正証書を債務名義として強制執行できるわけですが、それに対して、「いや、まだ事情があって退職金は支給されてないよ」ということを争いたい場合は、「執行文付与に対する異議の訴え」をおこすことになります。

債権者と交渉して差押命令を取下げて貰う方法

当たり前ですが、これがもし可能なのであれば、一番現実的で確実な方法です。ただし相手が貸金業者である場合は、もう差押えにまで事態が発展しているわけですから、今更、取り下げてくれる可能性は低いでしょう。

不動産の差押え等であれば、まだ「現金で少しずつ返済するので」といった交渉ができる可能性はあります。相手も競売にかけたりするのは面倒なので、現金でいくらか返済してくれるなら差押えを解除する、という交渉はあり得るでしょう。

ただ預金債権の場合は、その「現金」を差押えられているわけですから、ほとんどのケースにおいて、相手方(債権者)に差押えを解除するメリットがありません。代わりに別口座の現金で返済すれば解除してくれるかもしれませんが、あまり意味のない話です。

逆に、債権者が日頃付き合いのある私人や法人である場合は、情に訴えて頼み込むことで、返済を猶予して貰える可能性はあるかもしれません。





差押禁止債権の範囲変更申立てによる差押解除は可能?

例えば、国民年金や厚生年金の給付というのは国民年金法24条や厚生年金保険法41条により、差押えが禁止されています。給与債権も給与の4分の3相当(養育費請求権の場合は2分の1相当)は差押えが禁止されています。

しかしこれらの請求権は、原則、銀行口座に振り込まれてしまった後は、差押禁止にはなりません。

差押禁止債権でも、預金になれば差押えは可能-図

銀行口座に振り込まれてしまった後は、もう「年金給付債権」や「給与債権」ではなく、「預金債権」となってしまうので、預金口座を差押えたとしても、差押禁止の法律には触れないのです。

そのため、これらの差押禁止債権であっても、いったん銀行口座に振り込まれてしまえば、債権者は全額の差押えが可能です(平成4年2月5日 東京高裁判決)

裁判所への申立てにより、差押範囲を変更できる可能性がある

上記のように、年金や給与などが振り込まれた後の預金口座を、全額差押えることは、何ら違法ではありません。しかし、「その年金の振込を差押えられたら生活ができなくなる」という場合は、債務者は裁判所に「差押禁止範囲の変更」を申立てることができます。

例えば、年金支給額が月10万円で、差押えられた預金残高が10万円の場合、「差押られた預金の原資が、差押禁止の年金である」ということを債務者が証明できれば、裁判所の判断で差押えが解除される可能性があります。

この根拠になるのは、民事執行法153条です。

【民事執行法153条】

1.執行裁判所は、申立てにより、債務者および債権者の生活の状況その他の事情を考慮して、差押命令の全部もしくは一部を取消(す)ことができる。(民事執行法153条

実際に、金融法務事情の平成22年12月25日号では、差押禁止債権である厚生年金が、銀行口座に振り込まれて預金債権になった場合に、「差押禁止債権の範囲変更の申立て」をおこなって差押えの取消しを求めた事例が紹介されています。(差押えの取消しが認められた事例と、否定された事例の両方があります)

ポイントとしては、差押えられた預金口座の残高が「差押禁止債権が振り込まれたものであること」を、申立て人が通帳等を提出して証明しなければならない、ということです。また「それにより生活が困窮している」など、生活の事情がなければ、差押えの解除は認められません。

1週間以内に申立てないと間に合わない

この申立ては「差押範囲の変更」というくらいですから、差押えられている間に、急いで裁判所に申立てないと間に合いません。

既に差押命令が送達してから1週間以上が経過し、債権者が取立ててしまった後では、範囲変更や取消しは認められません。1週間以内の申立てであれば、裁判所が職権(裁量)で、銀行に、債権者に対しての「給付禁止命令」を出してくれる可能性があります。

【民事執行法153条3項】

3.前2項(差押禁止範囲の変更)の申立てがあったときは、執行裁判所は、その裁判が効力を生ずるまでの間、担保を立てさせ、または立てさせないで、第三債務者(銀行)に対し、支払その他の給付の禁止を命ずることができる。(民事執行法153条

このように、預金を差押えられてしまった場合でも、その預金残高の大半が年金などの差押禁止債権の入金分であり、かつそれがないと生活ができない、といった危機迫った状況の場合は、差押えを停止できる可能性があります。

しかし預金口座の差押えの場合は、特に、債権者の取立てまでの時間との勝負になりますので、なるべく早い段階で弁護士に相談するなど、対応策が必要になります。





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